番外編8 ラディオ、イオリス、エルファム
三人が学生の頃のお話。
「お前に付きまとわれてお二人は迷惑だ、なあエメラルダ?」
「……いつ僕たちが迷惑だなんて言ったの?」
目の前の生徒が吐いた言葉に続き、身を震わせるような冷気を孕んだ声が少し後ろから聞こえた。オレを囲んでいた男子生徒三人がビクリと肩を揺らし、一斉に振り返る。そこには先ほどの彼らの台詞にあった「お二人」のイオとエルがいた。ああ見つかっちゃった。面倒くさくなりそうな状況に内心でひっそりとため息をつく。
「イ、イオリスさん」
「君に名前で呼んで良いなんて許した覚えはないけど」
うわあ、イオ結構怒ってる。普段のイオなら名前の呼び方なんてどうでもいいことに噛みついたりはしない。顔面を蒼白にしている貴族の次男坊がイオの剣呑な声に言葉を失っている。他の二人もよくその次男坊とつるんでいる貴族だ。違うクラスで何度か授業が一緒になった程度の間柄なので名前は覚えていない。その二人もわかり易く血の気が引いている。真っ白でちょっと心配になるレベルだ。明らかに動揺しているその次男坊は、それでもイオとエルに言った。
「どうしてここに?」
「どうしてって、ここは公共の場だよね? 僕らがいたらおかしい?」
「いや、そんなことは」
今、オレが背をあずけて立っているこの建物は、本校舎からは見えないほとんど使われていない倉庫だ。通常なら一般の生徒が利用する場所ではない。どうやらオレがこの三人に連れていかれるのを見て、イオとエルに伝えたやつがいるらしい。有難いけど、有難た迷惑だ。
こういうとき、いつもは宥める役のはずのエルが何も言わないのが余計に怖い。これはたぶんエルも結構怒っている。
「二人とも、ご飯だから探しに来てくれたのありがとー」
とりあえず場をほぐすためにいつも通りに声をかけてみるが、なぜかイオとエルに射殺せそうなほど睨まれた。オレは何にもしてないのに。理不尽。
「これ以上僕たちを怒らせたくなかったらさっさと散ってくれる?」
イオの言葉に、今にも泡を吹いて倒れそうな三人が一目散に駆けていった。ああ、オレも逃げたい。でも一緒に逃げたら絶対に後で二人に絞められる。
「これはどういう事だ、ラディオ?」
「さあ、なんだろうね~」
いつにない怖い顔でエルに問われる。何故か胸ぐら捕まれそうなイキオイなんだけど。適当にはぐらかそうと思ったがその顔を見るにどうにも許してくれそうにない。
「どういう事って言われても~。絡んでくるのは向こうだし」
名前も覚えていないくらいだからそもそもオレは彼らに用は無い。呼び出されるから付き合っただけだ。理由なんて訊いたことは無いけれど、単に壁外出身のオレが高位貴族とつるんでいるのが気に食わないだけだろう。それにこうして絡んでくるのは何も彼らだけではない。すでに片手で足りない回数だ。
「そもそもなぜ言い返さない」
「ラディは侮辱されて悔しくないの?」
エルに続いてイオも苛ついた声で訊いてくる。何度も言うけどオレはそんな顔で責められるようなことはしていない。むしろ被害者なんだけど。
「侮辱されてるのはオレじゃなくて二人でしょ? エルもイオも哀れみでオレに付き合うほど暇じゃないだろ~?」
オレの言葉に二人が驚いたように目を開く。それこそ誰もが羨む出自の二人が付き合っても何の旨みもないオレにわざわざ構う必要はない。だから出会ってからずっと友人として接してくれているのは言われなくてもわかる。
それにあの次男坊たちには確かに色々言われたが貴族だけあってもとが上品だ。壁外で日常的に聴くスラングの方がよほど口汚い。どこから聞いていたのかは知らないがあの程度の可愛い悪口で怒るなんてやっぱりエルもイオも育ちが良い。
「オレが貧乏なのは事実だし、住む世界が違うっていうのは本当の話だし~」
「家の資産だけで人間の価値が決まるわけではないだろう?」
エルの言うことは正しい。でもそれは大多数の人間の総意ではない。そんなのは壁外にいれば嫌でも解る。この世の中は金を持っている人間の方が「正しく」なるように出来ている。
「そうじゃなくてさー。例えば二人もその辺の蟻に嫌われてもべつに気にならないでしょ? そういう意味」
「あははは、それ虫けらには興味ないってこと?」
「違うって~。『別世界』のたとえ」
「同じことでしょ」
オレの言葉に一度目を丸めた後、イオが楽しそうに笑う。なんだか言いたいことが正確に伝わっていない気もするが、まあイオの機嫌が治ったから良いか。
「オレ、本当に気にしてないから平気だよー」
ひらひらと軽く手を振ると、二人はまだ納得がいかないという顔だ。いや、もうオレが良いって言ってるんだから素直に納得してよ!
「だからって、」
「あ、それよりもう食堂が閉まる時間! 二人がことを大きくしなければご飯までに終わったのに!! オレにはアイツらへの文句を聞くより飯食べる方がよっぽど重要なんだけど~」
まだ何か言い募ろうとしたイオをわざと大きな声で遮って言葉を重ねる。よく知らない貴族の坊ちゃんたちの暴言なんて聞き流せばよいし、貴族の世界の家の格がどうの的な話はオレには本当にどうでもよいことなので早く終わらせてほしい。
「明日のご飯があるのは当たり前じゃないから、食べられる時に食べとかなきゃいけないんだよー」
壁外では時にはパンひとつで殴り合いになることだってある。飢えた自分がようやく手に入れたパンを誰かに盗まれたとして許せるやつはそう多くない。きっと二人はそういう世界があることを知らない。
「えっと、ごめん」
「悪かった」
イオとエルは驚いた顔をして、それから二人は上手く言葉を探せないといった風に謝った。黙って欲しくて先に話を逸らせたのはオレだけど、なんだか思ったよりも真剣に受け止められてしまって逆に焦る。オレは別に二人にそういう世界を知って貰いたいわけではない。
「でも、二人はオレのために怒ってくれたんだよね、ありがと~」
慌てて言い訳のように追加する。二人がオレに敬意をはらってくれる気持ちが嬉しいのも本当だ。
同時に、二人とは本当に住む世界が違うのだと実感する。「正しい」二人はオレが盗みをするような人間だと知っても、それでも対等に扱ってくれるかな。盗みが褒められる行為ではないのは知っている。でもあの時のオレには生きるために必要だった。それについては後悔はしていない。
過去の過ちをわざわざ自分から言うほど善人ではないけれど、いつか知られてしまったときに二人がそれでも友達だと言ってくれたらいいな、と都合が良いことを頭のすみで思った。
『オレの話、いつもちゃんと受けとめてくれる二人が好きだよ~』




