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番外編7 ユークリートとルイ

 久々に目の色を変えて街へ出た。セラフィスに正体を隠すならもっと本気でやれと言われたが、今更なので結局色だけ青に変えている。小腹が空いて早い時間から食事のできる酒場に向かっていると、角を曲がったところで話し掛けられた。


「あの、その先の店は行かない方がいいです」


その声に視線を向けると、路地の細い階段に腰を掛けていた少年が立ち上がるところだった。どこか見覚えのある少年だ。


「……もしかしてルイか?」


時折王城で見かける時はメイド服で化粧をしているので、そういえば素顔を見たことはない。けれど活発そうな緑の瞳のその顔には見覚えがあった。


「そうです。その先の店に王子さ、じゃない、トーリさんが俺を助けてくれた時のおじさん達がいるんで、顔合わせないほうがいいと思います」

「そうだな、やめとくよ。助かった」


どうやら以前ルイを物陰に引っ張り込んでいた男たちがいるらしい。少し威嚇しただけであっさりと逃げだした程度なので、再度顔を合わせても困ることはないが、わざわざ騒ぎにすることもない。食事ができる店は他にもある。

 さて、どこへ行こうかと、考えていると、ぐぅぅと、腹の音が聞こえた。確かに腹は減ってはいる、が、その空腹を主張しているのは俺ではない。


「もしかしてルイも腹空いてる?」

「うぅ、少し……」


思わず尋ねるとルイは気恥ずかしそうに腹を押さえた。ふと思い付く。


「なあ、近くにセラフィスが美味いって言ってた揚げパン屋があるんだ。前から気になってたんだよな」


付き合わないか、と訊いた俺にルイが目を丸くする。そんなに驚かなくても、と内心苦笑したが特に指摘はせず、軽く笑って歩き出すとルイは素直についてきた。




「美味しい!!」


 店先で販売していた揚げパンを二つ買い、一つをルイに渡した。店の前のベンチに座って食べはじめたルイが弾んだ声で言う。幸せそうなルイに自然と笑みが浮かんだ。そんなルイは隣に座る俺を見て首を傾げた。


「食べないんですか?」

「うーん、俺にはちょっと甘いかな」


確かに美味しいのは美味しい。けれどそれほど甘いものが好きではない俺には揚げ油と砂糖が合わさって少ししつこい。 数口で止まっている俺とは違いルイは早々に平らげている。


「なあ、食べかけで悪いけど、いる?」


俺の気乗りしない返事に、そうですか、としゅんと項垂れていたルイに試しに訊いてみると、パッと顔を輝かせた。


「いいんですか?」

「好きなやつが美味しく食べる方が良いだろ」


ありがとうございます、と元気に礼を言い、受け取った揚げパンを嬉しそうに頬張るルイになんとなく良いことをした気分になる。渡した分もあっという間に食べ終えたルイが、またパン屋を覗く。さすがに驚いて尋ねた。


「まだ足りないのか?」

「いえ、母さんと姉さんにもあげたいなと思って」


そう言ってポケットに手を突っ込んだルイはしかしすぐに手を引き抜いて首を振った。


「やっぱりいいです。揚げたてが一番美味しいみたいだし」


ルイの手元からチャラチャラと聞こえた金属音はコインの音だ。少し悲しそうに寄ったその眉に、セラフィスに聞いた彼の家の事情を思い出す。以前は食べるのにも苦労していて成長が遅いと聞いた。


「なあ、物足りないから甘くないパン買うの付き合って」


 俺が立ち上がって店に入るとルイもついてきた。目の前のトレーに並ぶ様々な種類のパンに目を輝かせているルイに、どれが美味そうかと尋ねる。不思議そうに見上げてきた顔に笑いかけると、へにゃっと笑い返してルイはあれとこれとと楽しそうにパンを選びはじめた。言われるままパンをトングで手に持ったトレーに乗せていると、何個目かでルイが驚いたように俺を見た。


「そんなに食べるんですか?」

「明日の朝食の分も入ってる」


その返事に納得したルイに、先に外に出てて、と声を掛けて結局8個のパンをまとめて勘定した。焼きたての匂いをさせている袋を持って店を出る。


「お待たせ」


 店の前で待っていたルイに軽く声を掛ける。袋から何も入っていないシンプルな丸パンをひとつ手に取り、残りをそのままルイに手渡した。


「はいこれ」

「え、なんですか?」

「あげる」

「ええ!? だって朝食のパンではないんですか?」

「うん、だからルイたちの朝食」


思わず受け取った袋を持ってルイが慌てる。袋を返そうと差し出してくる手を拒んで問答を繰り返しているとルイが俯いた。


「そんな施してもらう理由がないです」

「これは施しているんじゃない。格好付けてるんだ。例えば一緒にいるのが女の子だとして、俺がプレゼントした方がスマートでカッコイイだろ?」


俺の言葉に顔を上げたルイが、困ったように首を振る。


「でも俺は女の子ではないです」


至極真面目な顔で言うルイについ吹き出す。いつもあんな可愛らしいメイド服を着ているのに。


「知ってるよ。でもこんな格好付けたのにルイにパンを受け取って貰えなかったら、俺ほんと超ダサイだろ? だからルイは俺を立ててありがとうって言っとけばいいの」


ルイの額を指先でグリグリしてから、ルイが抱えたパンの袋を手で軽く押し付ける。驚いた顔をしたルイはようやく受け取る気になったのか笑みを浮かべた。


「えっと、ありがとうございます」

「どういたしまして。お母上とミーファにもよろしくな」


ポンとルイの頭に手を乗せるとルイは今度こそニカッと笑って頷いた。やっぱりルイはちょっと元気すぎるくらいの方がいい。


「じゃあな」


左手に持ったままだった丸パンを行儀悪く口に咥えてから手を振る。ルイはパンの袋を両手に抱えて一度頭を下げてから、大袈裟なくらい大きく手を振り返した。

『やっぱり王子様超格好良い!!』

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