番外編13-2 亘希、エルファム、イオリス
※亘希が襲われかけてエルが助けに来る話(後編)。若干の肌色描写注意。
「ふぅん、つまり護身用の魔法陣が欲しいってこと?」
「そう。イオリスはそういうのたくさん持ってるからって、エルが」
斜め向かいの席に座ったイオリスが言った。ここはイオリスの部屋だ。昨日、襲われかけてエルに助けてもらった後、城に帰りスフェンに回復魔法をかけて貰った。おかげで毛虫の毛でぶつぶつになった腕(と尻餅で出来た尻のあざ)は綺麗に治った。ちなみに襲われたことはスフェンには話さなかった。別にトラウマとかそういうのではなく、無駄に心配を掛けることもないと思ったからだ。
昨日の夜、エルがもし俺が大丈夫なら、イオリスに話して護身用の魔法陣を貰ったらどうかと提案してきた。そういえば前にイオリスは何度も襲われていると言っていた(倍返しで返り討ちにしているらしいが)。知りもしないヤツに体を触られるのは想像以上に身の毛がよだつと昨日知った。俺はこれからもっと女の子に優しく出来る気がする。
それにしても見た目のせいでイオリスも結構苦労してるんだな。とはいえ、やはりイオリスに頼るのはなんとなく癪だ。でも次に同じような事があったらまた皆に迷惑をかけるから、自分でどうにか対応できるようにとここへ来た。
俺の相談に、ほんの少し考えるようにしていたイオリスが席を立つ。
「コウキ、ちょっと体ごとこっち向いて。座ったままでいいから」
俺の前に移動してそう言ったイオリスに、椅子に座ったまま尻を浮かせて体の向きを変えた。おもむろにイオリスが膝立ちになる。と、何を思ったのかイオリスは俺のシャツの裾から中へ手を突っ込んだ。そのまま腹をまさぐる。まったく意味が解らない。
「何してんの、お前?」
細い指でさわさわと触られて、くすぐったい。
「不本意ながら、僕はそういう体験に慣れているからね。君の気持ちが少しはわかるから慰めてあげようと思って」
「いや、めっちゃくすぐったいんだけど。どこが慰めてんだよ」
「襲われた時よりもっとすごいことされたら記憶が上書きされるかと思って」
なんだその理由。「慰める」の方向があさってすぎるだろ。言いながら腹を触り続けるイオリスにとうとう耐えきれなくなって吹き出す。くすぐったすぎる!
「こういう時って普通気を使って触らないようにするんじゃないの?」
指から逃れるように身をよじると、イオリスが不機嫌そうに眉を寄せた。
「は? 君、ここに来たばかりの頃僕の胸と股間を遠慮なく撫で回したよね。自分が同じことやったのに僕の手を嫌がるとかありえないんだけど」
「別に、嫌とは言ってない。くすぐったいだけで」
どうやら今のは失言だったらしい。うっかりイオリスの怒りに触れたようで、その細い指が脇腹に回ってきた。今度は明確に思い切り擽られて、とうとう声を立てて笑い出した俺をイオリスは無表情に見ている。
「お、お前、人の腹を撫で、回すならせめて笑うとか何、とかしろよ!」
笑い声の合間にどうにか文句を言うとイオリスは呆れたとばかりに溜め息をついた。
「君がもうちょっと色気のある反応してくれたら少しはその気になるけどね。そんな色気もへったくれもなく笑い転げられたら無になるしかないだろ」
「あ、おいこらやめろ! 乳首を摘まむな、こそばゆい!」
脇腹を擽っていた手が今度は胸に回って来る。別に野郎の胸触っても楽しくないだろうに物好きが過ぎる。
俺には少しも理解できないが一応イオリスなりに励ましてくれているらしいので我慢していたが、さすがに耐えられなくなって服の上からイオリスの手を掴む。これ、もはやただの拷問だろ。
「お前たち何をやっている」
その時、後ろから呆れているような疲れているような何とも言えない声が聞こえた。俺の服から手を引き抜いたイオリスが振り返る。
「ああ、エル。居たの?」
「居たのって、お前が茶を淹れろって言ったんだろう」
はぁぁ、とエルが深い溜め息をつく。そう、ここへはエルと一緒に来た。簡易キッチンで淹れてくれたお茶をエルがテーブルに三つ置く。なんとなくエルの頬が赤い気がする。さすがに人にお茶汲みさせておいて、その間にやっているのがこれでは怒らせただろうか。
立ち上がったイオリスが、何事も無かったかのように自分の席に戻った。お茶に手を伸ばし、ちょいちょいとカップの側面を触って温度を確かめている。イオリスは結構な猫舌だ。
「ねえ、エル。心配しなくてもこの子全然平気みたいだよ」
「いやしかし」
エルが気遣わしげな目を俺に向ける。
「本当に、無理をしていないですか?」
潜めるように訊かれたその声に、ようやくエルは強姦未遂にあった俺を心配しているのだと気がついた。もし被害にあったのが女の子だったならあんな目にあった上に、今も周りにいるのが男ばかりじゃ辛いだろう。ていうか、俺がエルの立場だったら確かにどうしようってなるわ。
「あ、違うエル。ごめん。俺、昨日結構泣いちゃったけど、泣いたのはひどいことされたからとかそういうんじゃないから」
所在なさげに俺の横に立っているエルを見上げて言う。え、君泣いたの、とイオリスが驚いた顔をしたのを目の端に捉えたがとりあえずスルーした。
「えっとな、俺の国では武器を日常的に持ち歩かないんだ。剣も本物を見たのは初めてだったんだ。だからびっくりして気圧されたって言うか。正直に言うとちょっと怖かったんだ。でもすぐいつものエルに戻って、なんか安心して気が緩んで泣いちゃったんだよ。助けてくれたのに怖いとか言ってごめんな」
心底申し訳ないが、こればかりはどうしようもない。本物の武器なんて博物館でしか見たことが無いし、抜き身の剣が怖かったのはもう本能だ。素直に泣いた理由を言うと、エルが首を横に振った。
「謝らないでください。剣に慣れていないのは貴方の国がそれだけ平和ということでしょう?」
座ったまま見上げている俺の首を案じてくれたのか、エルが俺の前に跪いた。エルも席についてくれればいいのにと思ったが、手を伸ばすにはちょうどいいから黙っておく。
「触られるのが嫌とか、そういうのじゃないんだ。イオリスの言う通り心配しなくて大丈夫だよ」
「それならばよいのですが……」
やはり心配そうに訊いてくるエルに頷くと、彼は今度こそ安心したように息をついた。
「それに俺、気づいたんだ」
目の前のエルの右手を、両手を伸ばして持ち上げた。エルが剣を持つ利き手だ。昨日その手で頬を触られた時に、皮がだいぶ厚いことに気がついた。引き寄せたエルの手のひらの、硬くなった皮膚や剣ダコをゆっくりと人差し指でなぞる。
「昨日、俺の手と全然違うなって思ったんだけど、これはエルが不用意に人を傷つけないために訓練した結果だろ? だからさ、もう怖くないよ」
そのままエルの手のひらを引っ張って、俺の左胸に乗せる。心臓の上、剣を持つその手に急所を晒すのは俺なりの誠意のような気がした。
「ワオ、大胆」
真面目な話をしていた筈だが、横からイオリスの謎の言葉が聞こえた。意味がわからず顔を上げると、目に入ったエルの顔は真っ赤だった。何かに耐えるような様子に首を捻る。が、次の瞬間気がついた。これ、ものすごいセクハラだ。許可も得ず手をスリスリしてさらに無理矢理胸を触らせるとか、どんな変質者だ。
「や、うわ、ベタベタ触ってごめん。別に変な意味は無い! でもこれじゃ昨日のあいつと一緒だよな」
大慌てでエルの手を離すと、その手が重力に従って俺の膝に落ちた。一度ぴくりと震えてから、ゆっくりと離れていく。
「ごめん。無意識だった。嫌だったよな」
「いえ、嫌だなんてとんでもない。もっと触りたいくらいです」
「あ、そ、そう? なら良かった!」
もともとエルはスキンシップが多い方だし、そんなに潔癖ではないのだろう。とりあえず嫌がられてはいなさそうなのに胸を撫で下ろす。その時、横で吹き出す音が聞こえた。
「じゃ、じゃあ、話がまとまったところでエルは席に着いたら。お茶冷めるよ」
何故か笑うのを必死でこらえているイオリスが言った。はっと弾かれた様に顔を上げたエルが立ち上がる。エルが席に付いたところで、イオリスが本格的に声を立てて笑い出した。
「あ、やっぱ無理。耐えられない」
イオリスの笑いどころは俺にはいつもわからない。でもついその姿に悪戯心が沸いた。席を立って、さっきイオリスが俺にしたようにその脇腹を擽る。それにイオリスの笑いがさらに深まった。横でちょっとエルが呆れている気配がするがそれには目を瞑る。
「ちょ、待って、も、ほんと、これ以上はやめ……」
すぐに息も絶え絶えになったイオリスの台詞に気を良くしてさらに擽る。
「も、コウキ、離し……ひぅっ」
と、その時、鼻に抜ける声をもらしてイオリスの全身がびくりと震えた。瞬間、頭の中が真っ白になり手が止まる。これはもしかして、と思ったらイオリスが俺の頭をがしっと掴んだ。その女の子みたいに綺麗な顔を俺の顔に寄せる。……ていうか、近い!
「だ、か、ら、やめろって言ったでしょ」
イオリスの目元は薄っすら赤らんで琥珀の瞳は微かに潤んでいる。その顔にうっかり心臓が跳ねた。ええい、落ち着け俺の心臓。これは宿敵イオリスだぞ。
「それとも何、君、本当に僕と『もっとすごいこと』したいの? 君がその気なら受けて立つけど?」
「いいいいい、いえ、遠慮します!!!」
おいやめろ、俺が開かなくて良い扉を開いちゃったらどうする! 本当の女の子でもこんな美人そういないのに、そんなのの相手をしたら絶対にのちのち何かのトラウマになる。昨日のあいつよりよっぽど性質が悪い。
やらかしちゃったが故の(しかも自分が原因のため文句も言えない)なんとも気まずい空気の中、イオリスから離れて席へと戻る。誤魔化すようにエルに淹れて貰ったお茶を飲んだ。
イオリスは脇腹が弱い、という大変に無益な情報を仕入れて、本日のお茶会は幕を閉じた。ていうか、エル。真剣に心配してくれたのにこんな俺たちで本当にごめん。隣で頭を抱えているエルを見て、とてもとても土下座したい気分になった。
『あれ? そういえば、もっと触りたいです、って返事もなんか可笑しくない……?』




