番外編12 ユークリート、イオリス、エルファム
イオリスとエルファムが王城で仕事をはじめた頃の話。
暖かい日差しに誘われてベランダで昼寝をしていたユークリートは、下からの荒げた声に目を開けた。ここは王城の南端の古い建屋でほとんど使われていない。ユークリートが隠れ場所として使っているうちの一つだ。聞こえる声は二つ。まだ若そうだ。興味を引かれてベランダからそっと顔を出す。
「何かするたび護衛の申請をしなきゃいけないなんて出掛けるなって言ってるのと同じだよ。何で僕がこんな幽閉みたいなことされなきゃならないの!?」
薄茶の髪が顔の横に流れる美人には見覚えがある。ハルナーク家の次男、イオリスだ。遠目に見ることは数度、直接話したのは一度だが、こんな風に声を荒げるタイプには見えなかった。この表現を男性に使うのはどうかと思うが、初めて会ったその時は、王子であるユークリートに対し美しい所作で頭を下げ「お淑やかに微笑んでいる」ように見えた。
「落ち着け。できるだけ俺が護衛に付くように交渉するから」
そのイオリスに食って掛かられている男は背を向けていて顔は見えない。少し癖のある茶色の髪には見事なつやがあり、上位の貴族であることが知れる。見た感じそれほど年は離れていなさそうだ。
「ストレスで仕事の効率が駄々下がりだよ。必要のない護衛を付けてこの僕のパフォーマンスを犠牲にするなんて、元老のジジイたちは本当に馬鹿じゃないの」
「おい、口が過ぎる」
まさに怒り心頭という様子のイオリスは、今にも目の前の男に掴みかかりそうだ。宥める茶色の髪の男が弱り切っているのが目に浮かぶ。漏れ聞く限り、どう見てもただの八つ当たりだ。
「いいよもう。これぐらいで問題になるなら城ごと破壊してこんな国出てってやる」
ハルナーク家のイオリスといえば闇属性の魔術師として超一級だと噂で聞いている。ついでに外見から立ち居振る舞いまで超一級だと聞いていたが、なかなかどうして一筋縄ではいかないようだ。
それにしても。見た目とのギャップに耐えきれず、つい声を立てて笑ってしまった。
「誰!?」
下からイオリスの鋭い声が飛んでくる。さすがにもう誤魔化すのは無理そうなので、素直にベランダから顔を出した。
「噂の美人は予想外に過激派だな」
下に向かってユークリートが言うと、二人は同時に顔を上げた。茶色い髪の方、あれはオブリディアン家の長男だ。確かこの二人は従兄弟だったか。出自の所為でユークリートが社交場に呼ばれることは少ない。それでも何度か見かけた顔だ。
「ユークリート王子」
呆然とした顔で名を呼んだオブリディアン家の長男に少し笑って、ベランダの柵に足を掛けて乗り越える。彼は一瞬焦った顔を見せたが、ユークリートが風の魔法でふわりと着地すると、すぐに我に返ったのか慌てて跪いた。
「エルファムだっけ? そんなに畏まらなくていいよ」
「私をご存知なんですか?」
「オブリディアン家の後継ぎだろ? 俺、人の顔覚えるのは得意なんだ」
頭を下げたままのエルファムに立つように言う。その間イオリスは立ったままだ。エルファムが咎めるような視線を向けたがイオリスはどこ吹く風だ。やはり「お淑やか」だなんてとんだ認識違いだった。
「こんな下働きしか来ないような場所になんで王子様がいるんですか?」
イオリスのもっともな質問にエルファムが慌てたようにこちらを見る。王族と相対するにはイオリスの態度は不躾すぎる。ユークリート自身は気にしないが、隣りで気を揉むエルファムが少し可哀想だ。
「そこのベランダ、俺の昼寝場所のひとつなんだ。聞く気はなかったんだけど、ごめんな」
ベランダを指さすと二人は同時に眉を寄せた。王城の敷地内とはいえ、随分と端の方のもう使われていない建物だ。お世辞にも綺麗とは言い難い。こんなところに王子がいれば、誰だって不審に思う。しかしユークリートとしても静かだからここにいるだけだ。二人を納得させられる理由など無いのでそのまま話を変える。
「イオリス、俺は面白くて好きだけど、ここじゃあんまり好まれないな。大人しくしてた方がそのジジイどもに絡まれなくて結果的に楽だぞ」
城に住まう先人からのアドバイスを送ると、イオリスは少し驚いた顔をした。まあ、一国の王子として相応しい言動ではない自覚はある。一度瞬いたイオリスは、その綺麗な顔に似合わない、人の悪そうな顔で笑った。
「ありがとうございます。これからは聞かれないように結界を張ってから愚痴を言うことにします」
「おい、イオ」
焦ったようにエルファムが止めに入る。この二人の関係性が垣間見えて、礼儀正しいエルファムに少しだけ同情する。
「やっぱり愚痴は言うんだ。それ、俺も聞きたいな」
ユークリートが言うと、エルファムは目を丸くした。その返事にイオリスは愉快そうに瞳を光らせる。二人の対照的な表情が面白くてついくすくすと笑ってしまった。
「まあ今日のことは黙っとくから安心してよ。これから時々関わることもあるだろうからよろしくな」
右手を差し出すとイオリスが握り返してくれる。次にエルファムに手を差し出すと彼は戸惑った顔をした。
握手は立場が「対等」であると認める行為だ。真面目そうなエルファムには酷だろう。それを把握しながらも、あえてにっこりと笑う。やがて諦めたのかエルファムも握り返してくれた。
それにしてもイオリスは握手に一切躊躇が無かった。想像以上に肝が据わっている。ただただ時が過ぎるのを待つだけの退屈な城での毎日に良い刺激ができた。ユークリートは本当に久しぶりに浮ついた気持ちで微笑んだ。
『お前がいるならこの城も悪くないなって思ったんだ』
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※現在次の話(13話)更新済み。
ここまでお付き合い下さった方、本当にありがとうございました。
藤名




