番外編11 ラディオとエルファム
※亘希が帰る前の時間軸です。
珍しくエルファムに飲まないかと誘われて、ラディオが部屋を訪ねたのは一時間ほど前だ。酒に強いエルファムは普段は酒を飲んでもほとんど顔色を変えない。まして外では自制しているため、エルファムが実はザルだと知るものは少ない。いわゆる「ほろ酔い」になるまで飲むのはイオリスとラディオの前だけだ。そうして少し饒舌になる。
「なんでみんなに俺がコウキが好きだとバレてるんだ」
顔を赤くしたエルファムがテーブルに肘をついて頭を抱えた。酒が入ったとはいえわかり易く愚痴を言うのは珍しい。正面に座るラディオは少し面白く思いながらグラスを片手に頬杖をつく。
「オレとイオは古い付き合いだしねー。王子様たちは人を見るプロだから」
セラフィスの抜け目なさはラディオが一番よく知っている。ユークリートやスフェンも二枚舌三枚舌の魑魅魍魎が跋扈するこの王城で育っているのだから抜かりはないだろう。そもそも貴族の中のあれやこれはラディオよりエルファムの方が詳しいはずだ。
「エルは距離が近くなるほど雑になるのにコーキにだけはずっと丁寧なままだろ。 特別なのはすぐわかる~」
目の前で萎れている男には悪いが、ラディオからしたらなぜ気づかれないと思っているのかの方がよほど不思議だ。今までもそれなりに「恋人」という枠に入る相手はいたはずだがその時は卒なく熟していた。少なくともこんなティーンみたいな話を聞かされたことはない。
「でもコーキはちゃんと意思表示しないと気づかないよー」
「アピールはしているつもりなんだが」
酔っていなければ絶対にしないぶすくれた顔のエルファムについ吹き出しそうになるのを必死に耐える。城にいる無数の彼のファンに見せたい。
「コーキはエルに夢見てるからねー」
「夢?」
全く心当たりがないという様子でエルファムが首を傾げる。早々に空になっている彼のグラスにラディオが酒を注ぐ。たまには潰れてしまえ。幸い明日は二人とも休みだ。
「優しくて清廉潔白、立派な人、みたいなー? どこの聖人って感じだよ~」
亘希から聞くエルファムの話は、皆の憧れる「騎士団副団長のエルファム・オブリディアン」のそれだ。いわゆる女の子たちが夢見る正しい「騎士様」だ。
そしてその優しいエルファムに実際に接しているのはこの世で亘希だけなのだが、普段のエルファムを知らない亘希はその特別扱いに気付くことはない。たしかにエルファムは万人に分け隔てなく公平で親切だが自ら積極的に他人に関わろうとすることはない。
「まあ、コーキの前でいつまでも格好つけてるお前の自業自得だけどー」
一応自覚はあるのか、息が詰まったようにエルファムがグッと喉を鳴らす。
「欲しいものはちゃんと欲しがらないと手に入らないよ~。 気づいてくれるのを待つのは相手に甘えてるだけ」
「そんなつもりはないんだが」
普段のエルファムを知るものからすれば、本人が言うように意思表示はしている。だからこそ周囲の近しい人間は皆、彼の気持ちに気付いているのだ。
だがそのエルファムの親愛をただひとり享受している当の亘希が、エルファムは皆にこの態度だと思っているためこのままでは一生気が付かないだろう。
「いつかも言ったけどお行儀が良すぎるのは命取りだよー」
前回は「型にはまった騎士の剣術だけでは、自分みたいな生き汚い奴にはかなわない」という意味あいで述べた言葉だった。騎士の矜持だかなんだか知らないが命を懸ける場で卑怯だなどと言ってはいられない。ラディオの育った世界では生き残った方が勝者だ。
今回はもう少し平和的に、トンビに油揚げをさらわれるという意味だが、途端にエルファムの顔色が青くなる。
「肝に銘じる」
酒から手を離し神妙な顔でテーブルの木目を見つめるエルファムに少し笑って、その肩をポンポンと叩く。今のところライバルはサナという少女だけだ。まあそのライバルが強力なわけだが。
エルファムとサナは面識がないだろうから一度くらい会わせても良いかもしれない。だが、あの愛らしい少女に会わせたら余計に自信をなくすだろうか。
「格好つけてなくてもエルは良い男だから大丈夫だって~」
純粋な好意でも家柄による打算でも、言い寄って来る人間へのあしらいは男でも女でも上手いはずなのに、本当に色恋というのはわからない。珍しく本気になったら思いがけず気弱な友人に幸あれと願った。
『でもどちらかは泣くんだよね、罪な男だね~、コーキ』




