番外編10 ユークリートとイオリス
部屋の外の呼び鈴の音に来客を迎えに出ると、俺の顔を見るなりイオリスが言った。
「天蓋付きベッドの追加予算案とかさ、バカなの? ねえ、ユークサマ?」
「なんで俺はいきなり罵倒されてるんだ」
溜め息を吐きつつイオリスを部屋に入れる。お茶を淹れるためにお湯の用意をしていると、イオリスは勝手に部屋の中央のテーブルについている。これではどちらが王子かわからない。
ドアを開けるのもお茶を淹れるのも本来ならばメイドの仕事だが、第三区へ行きだしてから、俺のちょっとした雑用のために一日中隣室に人を待機させるのは気が引けるようになってしまった。まあ早い話がお茶ぐらい自分で淹れた方が早い。二人分のカップを持って俺もテーブルに着く。
顔を会わせた早々のイオリスの話を要約すると、今日の魔術研究部と城を管理する事務方の予算会議の議題は王族の部屋についてだったらしい。王族が使用するベッドには天蓋に吊るされたカーテンと上掛けのカバーに魔術研究部による防御の魔法陣が刺繍されている。魔法陣の術式の出来の良さに加え、見栄えの良さも重視されるので魔術研究部の中でも特に腕が良い魔絲師に任される。よって必然的に掛かるコストも高くなる。
「ていうか、お前自分から俺の部屋の刺繍を担当するって言ったんだってな。国一番の大魔術師がなんで俺の担当なんだよ」
産まれた順番から第三王子という立場ではあるが、現王の直系の王族の中で一番王位の継承順位が低いのは俺だ。本来ならイオリスは他の王子の担当になるはずだが、以前本人のたっての希望で俺の担当になったそうだ。なんせイオリスは気に入らない仕事はやらない。そのスタンスで許されているのがそれだけの実力者である裏付けでもあるが。
「だって魔法陣のメンテナンスのために担当の王族の部屋に入らなきゃいけないんだもん。ユーク様以外の部屋になんて入りたくない」
「お前が俺をわかりやすく優遇するから俺がマーラカント様に目をつけられるんだろうが」
第二王子ことマーラカントがイオリスに執着しているのは周知の事実だ。なんだかんだ理由を付けてイオリスが逃げ回っているのもイオリスの近くにいる人間は知っている。その彼の部屋に行きたくない気持ちはわかるが、それなら担当は他の王族でも良いだろうに。
もともと俺はマーラカント様とは折り合いが良くないが最近さらに敵視されている気がする。おそらくイオリスが何かと俺を優先する当てつけだ。ただでさえ元老のジジイどもに辟易しているのに、余計な負担を増やさないでほしい。何でどいつもこいつも問題を持ってくるんだ。
「ああ、癒しが足りない。……コウキに会いたい」
テーブルに両肘をついて頭を抱える。もう久しく会ってない友人のゆるっとした笑顔を思い出して呟くと、イオリスが鼻で笑った。
「君、コウキしか友達いないもんね」
「否定はできないが、お前にだけは言われたくない」
澄ました顔で言ったイオリスを横目で睨む。他人事のように言っているが当の本人も似たような立場であることは知っている。
「僕はラディがいるもん」
「ラディオなら俺もこの前友達になった。あとエルファムはいれるなよ」
先手を打つとイオリスが誤魔化すように目を泳がせた。
「他に学生の頃のが何人か」
「連絡とってるのか」
「とってないけど」
「それが入るなら俺だってトーリとして知り合った奴らが何人かいる」
我ながら自慢にならない自慢をして胸を張る。最高に虚しい自慢だ。しかしそれはイオリスも同じだったのか小さく息をついた。
「自分で言い出しておいてなんだけど、この話悲しくなるだけだからやめない?」
珍しく弱気なイオリスに少し笑う。それが気に障ったのかイオリスが、む、と口をつぐんだ。しかしすぐにその形の良い唇が弧を描く。
「ねえ、そんなに辛いなら僕が慰めてあげるよ。あの無駄に豪華なベッドで」
今はドアが閉まっていて見えないが、隣の寝室を指差してイオリスが言う。なぜか良い笑顔のイオリスとは反対に俺は渋い顔を作った。
「絶対に嫌だ。お前に借りをつくると後でどんだけせびられるか分かんなくて怖すぎる」
「君の二番目のお兄様から今後三年ぐらい風除けになってくれればそれでいいよ」
「代償がでかすぎるわ」
好きでもない(どころかどうやら名前を呼ぶのも嫌らしい)男に執着されているイオリスには同情するが、俺を巻き込まないでほしい。心の底から思う。
でも、
はぁぁぁ、と大きな息をついてガリガリと頭を掻いた。
「まあ、もうすでにマ―ラカント様にはこれ以上ないってくらい嫌われてるから本当に困ったら言えよ」
本心巻き込まれたくはない、が、かと言って見て見ぬふりもできない。何かあったとしてイオリスなら追い払うことは簡単だが、なんせ相手は王族だ。もし怪我でもさせればいくらイオリスでもただでは済まない。それならば何か起こる前に俺が間に入る方が穏便に済む。
認めるのは悔しいが俺がこの城で何とかやってこれたのはこのイオリスがいたからだ。今さら見捨てるだなんてできやしない。
「僕、君のそういうお人好しなところ大好きだよ」
「俺はお前の俺を上手に使うところが大嫌いだよ」
マーラカント様やイオリスのファンが見たら一発で騙されそうな邪気の無い笑顔を浮かべるイオリスだが、俺にはもう悪魔の微笑みにしか見えない。俺の疲れた返事にイオリスは面白そうに笑った。
『だって僕自身が刺繍をすれば君のベッドに細工をされる心配しなくて済むでしょう?』




