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呼び声(後)


「アリア様、あなたのしもべのアルフォンスでございます!体の具合が良くないとの事で、参上いたしました」


 程なくして、アルフォンスがやってきた。あの後暴力を振るわれたのか、少し腫れて赤黒いあざが出来ていた。私は役職こそ「聖女」だけれど、もともと魔力を持っていないので、癒やしの力を行使することができないのが申し訳ない。


「んで、どうなんだ、聖女の様子は」

「うむ」


 アルフォンスは難しい顔で、ああでもない、こうでもないと考えこむ素振りを見せている。さすがに堂に入っていると言うべきか、あまりにも真剣に見えるので、自分が仮病を使っている事を忘れてしまいそうになる。


「ふむ。なるほど……これは大変なことだ」

「もったいぶらずに、何がどうなったのかさっさと言え」


 肩を小突かれて、アルフォンスはごほん、ともったいぶった咳払いをした。


「聖女様の体内には高濃度のマナが凝縮されている。魔力の扱いを心得ている私は平気だが、魔力がないものが長時間そばにいると体に負担がかかり、体調を崩す」


 聞き終わるやいなや、騎士達は自分の健康を害してまで職務を全うしたくはないらしく、部屋には私たち二人だけが残された。


 謎の声は、いつの間にか聞こえなくなっていた。



「お助けに上がるのが遅れてしまい、申し訳ありませんでした。今、少し最終仕上げに手こずっておりまして……」


 何の最終仕上げなのかは不明だけれど、離ればなれになっている間に、アルフォンスは何やら壮大な計画を練っているらしく、目の下にはクマができていた。


「……アルフォンス、ごめんなさい」

「何がでしょうか?」

「だって、私のせいで、色々貴方にも迷惑をかけてしまって……」

「あの連中はいつもあんな感じですので、お気になさらず」

「……そう」

「それよりも、アリア様。不愉快な思いをされていませんか?」

「大丈夫よ。よくしてもらっているわ」


 心配をかけたくなくて嘘をついたけれど、アルフォンスはじっと鉄の柵と、枯れた花を見つめていた。


「そうですか……それにしてもアリア様、意外と……と言ってはなんですが、なかなかやりますね」


 どうやって貴女の元に戻ろうかと思案していたのですが、まさか大芝居を打つとは……とひそひそ声で言われ、思わず背筋が伸びた。


「あなたが指示をしてくれたのではないの?」

「いえ……」


 私はアルフォンスに不思議な声が聞こえてきて、その助言に従ったのだと説明した。アルフォンスは腕を組み、再び花瓶を見つめた。


「ふむ。つまり……それは……」

「な、何か悪い存在だったの?」


 正体は不明だが、あの声が悪いものだとは思えない──思いたくなかった。


「いえ、ご心配なさらず。ところでアリア様……折り入ってお願いがあるのですが」

「何かしら?」


 私に出来る事など、そうそう無いような気もするけれど。


「その御髪を、一、二束……いえ、あればあるだけいただければと」

「……え」


 突然の申し出に、思わず両の手で頭を押さえる。


 私は彼が心からの親愛の情を私に向けてくれていることは信じているけれど、髪の毛とはどういうことだろう。人間の毛髪は魔術や、一般人がまねごととして行うまじないの材料に使われることはある。

 彼は王立アカデミーの出身だと言った。私には魔力がないとは言え、世界樹の聖女となればなんらかの利用価値が見いだせるのかもしれない。


「決して」


「決して決して決して悪事には使いませぬ、ただ欲しいだけなのです」


 私がためらっていると、アルフォンスはなぜか窓の方を見つめて言った。言葉とは裏腹に、彼の指先から小さな紫の光が出て、空中に文字を描く。


『盗み聞きしている輩がいます。どうか、話を合わせてください。ラングの名に誓って貴女を害することはいたしません』


「……そうね、弟さんの分? 二人分かしら? お守りに入れるぐらいなら、いいわよ。抜け毛でいいかしら」

「はいっ、構いません」


 なるべく音を立てないように、そっと髪の毛を持ち上げて、内側の目立たない部分を魔法で切ってもらう。


「ありがとうございます。これを絹で作った守り袋にいれたいと思います」


「おい、さっさとしろ!」


 部屋の扉ががんがんと叩かれて、びくりと肩を震わせた。


「今開ける」


 アルフォンスは返事をしてから私の方を見ている目を片方だけつむった。


「結局、何をどうすればいいのだ?」

「一般には知られていないが、高濃度のマナのなかに生息する線光虫と言う存在がいる。通常は害のない生物だが、マナを介して人間の体内に寄生する……栄養が足りていないと内臓が薄くなり、虫が肉を食い破ります。聖女様にはもっと滋養のあるものを与えるよう」


「な……そ、そうなのか……わかった、手配しよう」

「そのように。私はこれで失礼します。また明日参りますので」


 アルフォンスは私に煎じ薬を押し付けてそそくさと出て行った。包みを開けてみると、中身は細かく砕いた茶葉や砂糖だった。彼が語った私の症状は、仮病だと知らなければ信じてしまいそうになったけれど、完全なる嘘なのだ。


 ひとまず、それらしく見える様、私は砕けた茶葉を水に溶かした。そうすると、多少は粉っぽさが残るけれど、立派なお茶になる。


「助言をしてくれて、ありがとう」


 一息ついて、謎の声にお礼を言ったけれど、返事はなかった。もうここには居ないらしい。


 ……それにしても、アルフォンスは私の髪の毛なんて、何に使うのだろうか?

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