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呼び声(前)

 私が監禁されて二日間が経過した。彼らの宣言通り、私はこの部屋から一歩も出ることができていない。部屋には椅子とテーブル、寝台、簡単に水浴びができる部屋がついているが、扉はもちろん、窓には外から鉄の柵が打ち付けられてしまった。


 外には監視役がおり、毎朝桶に入った水と、簡単な食事──パンとスープが運ばれてくるのみだ。


 外部と連絡を取るためにこっそり手紙を書いて出入りのメイドに頼みこむことも考えたのだが、自殺防止と言ってペンを取り上げられてしまって、為す術がない。


 ……私はこのまま一生、監禁されてしまうのだろうか……それだったら、あのまま永遠に目覚めない方がマシだったような気さえしてくる。今は、外の空気が吸いたいと頼みこんで持ってきて貰った花瓶の花──おそらく、離宮の外に生えていた野草だけれど──が心の慰めだ。


「これから、どうしよう」


 独り言を呟き、ため息をつく。


 まだ体の感覚も完全には戻っていないし、いきなり五十年後に投げ出されて、次に何をすべきなのかもわからないし、そもそも逃げ出した所で向かうべき場所もない。


「どうして、世界樹は私を目覚めさせたのかしら……」


 わざわざこんな世界を見せつけられるぐらいなら、本当に、意識が戻らないほうが良かった。そんな恨み言を口にすると、風もないのに花瓶に生けてある花が揺れた。


「え……?」


 ぱちぱちと瞬きをしていると、なにかざわざわとした音が風に乗って聞こえてくる。それにじっと耳を傾けていると、それは次第に女性の声らしきものに変わっていった。孤独すぎて、とうとう幻聴が聞こえるようになってしまったのだろうか?


 じっと耳をかたむけてみる。愛らしい声ではあるけれど、何を言っているのかは良く聞き取れ……


『あ……あり、アリア、さ、ま』


 謎の声は、唐突に私の名前を呼んだ。


「だ、誰っ?」


 驚きに飛び上がり、慌てて部屋を見渡してはみるものの、もちろん誰もいるはずはないし、見張りはすべて男性だ。


『わたしの、こえ、聞こえるのですか? ふ、ふふふっ』


 ころころと、鈴を転がすような無邪気な笑い声。嘲笑ではなく、喋る事がとにかく楽しくて楽しくてたまらないとでも言いたげな。


「え、ええ……」

『うれしいですね。アリア様、アリア様、アリア、様……』


 謎の声はご機嫌で、私に敵意があるとは思えない。大地に精霊や魔獣などの人語を解す人ならざるものは居るけれど、私には彼らと意思疎通を図る才能は無かった。これは聖女になった事で、私の体に何か変化が生まれたと言うことだろうか。


「あなたは、誰……?」


 見張りの騎士が訝しげに部屋をのぞきこんだ。しかし何も異常がないと思ったのか、すぐに顔を引っ込めた。その間にも、謎の少女の声はずっと笑ったり、私に話しかけていたのだけれど、他の人間には聞こえないようだった。


「ねえ、あなた、外にいるの……?」


 私の名前を知っているのだから、何かの理由があって私の元にやってきたのだろう。もしかして、アルフォンスが何かしてくれたのだろうか。


『いいえ。ここにいますよ』


 見渡して見たけれど、やはり部屋には誰もいない。


「ねえ、外にアルフォンスがいると思うのだけれど……」

『アリア様にひっついていた神官ですか?』


 ひとしきり喋っているうちに、彼女の言動は段々はっきりとしてきた。まるで、赤子が言葉をどんどんと吸収しているみたいだ。


「そう、その彼よ。なんとかして、その人と連絡を取りたいのだけれど……」


 正体不明の存在に助力を求めるのはなんだか滑稽だけれど、今はそれしか方法がない。


『そ~ですね~。具合が悪いふりをして、あの神官を連れてこいと言いましょう。あいつらはアリア様の御身に何かあったら困るけれど、てんで素人です。ちょっとつつけば、蟻の様にうろたえだすでしょう』


 彼女が出してきた提案は、確かに名案の様に思われた。けれど。


「そんな事、していいのかしら?」

『なぜ駄目なのですか? 彼らはアリア様を困らせているのでしょう?』

「……それもそうね」


 どちらにせよ、彼らは私の味方ではない。嘘の騒動を起こして、困らせるなんて──と遠慮していたって状況は悪くなるばかりだ。


 私は緊迫感を出すために床にうずくまり、お腹を押さえてから叫んだ。


「……痛い!」


 ……誰も来なかった。先ほどはすぐに様子を見に来たのに。


「……痛いっ!」


 もう一度、大きな声で叫ぶと一人の騎士が入室してきた。わずかに酒の匂いがしたので、どうやら自主的に休憩していたようだ。


「何処が痛むのですか?」

「あ、えっと……心臓が……」

「心臓ですか?」


 頭上から訝しげな声がする。それも当然、私が押さえているのはお腹の部分だったのだ。


「あ……」


 どうしようと、嘘のはずだったのにだらだらと脂汗が滲んできた。


「何処が痛いんですか? 全身?」

「あ、そ、そう、何か悪いものが……全身で暴れ回っているような感じがして……」


『マナの泉に浸っていたせいで体がおかしくなっちゃったみたい!』

「ま……マナの、泉に浸っていたせいで……体が……おかしくなっているのかも……」


 謎の声がでっち上げた話をオウムの様に復唱すると、騎士は完全にそれを信じ込んだようで、走ってその場を離れた。これで、人を呼んで来てくれたらいいのだけれど……。

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