最終話
「……っ」
ラーミヤに頬をぺろりと舐められて、意識が引き戻された。私とエディアス様は、玉座の間の端っこで重なり合って倒れていたのだ。
「……ここは?」
発作的に口にしたはいいものの、ここが先ほどと同じ、玉座の間である事は明らかだった。魔女や妖精の姿は既になく、玉座の椅子はひっくり返り、かつて権勢を誇った城は無惨にも半壊──いや、全壊だ……。
「うむ。群れの皆に自慢しよう、我は魔女に牙を突き立て、打ち倒し、マナの渦に落ちた聖女と国王をすくい上げたのだ、とな」
ラーミヤがご機嫌にかっかっ、と笑って、エディアス様もよろよろと起き上がった。
「……ラーミヤ、助かった。この恩は一生忘れない」
エディアス様の口調ははっきりしていて、世界樹のマナに触れた後遺症はないようだ。
「愉快、愉快。死ぬまで毎日「しなもんろーる」を奢れよ」
「……善処しよう」
ラーミヤはまるで子犬のような軽やかな足取りで、衝撃で大穴が開いてしまった壁の向こうに駆けて行った。
隙間からは、晴れ渡った青空が見えている。
「……全身が痛い。ひどい有様だ」
汗と土埃と血でドロドロで、エディアス様も、よく見るとボロボロだ。いつも身ぎれいにしていたエディアス様の、こんなに乱れ、汚れた姿を見るのは初めてだ。……多分、私も、そう思われていると思うけれど。
「……でも、猛烈に、生きている、って感じがします」
「そうだね」
私も体中が痛いし、猛烈にお腹が空いたし、眠い。
瘴気を封じ込めるために、大量のマナを使ってしまったらしく、体の中にあった常に熱がうごめくような、今にも爆発しそうな危うさはなくなっていた。
しばらくは、私は私のままでいられるだろう。ともに生きると言う約束を、やっと果たすことができそうだ。
「エディアス様、アリア様、万歳!」
城下町から歓声が沸き起こっているのが、ここまで聞こえてきた。それに応えるように、ラーミヤが誇らしげに、まるで勝鬨を告げるように吠えている。
視界を遮っていたほどの濃い瘴気が消え、マナの光となった世界樹が現れたことで、人々は悟ったのだ、正しい王が戻り、世界樹が目覚めて、実りの時が来ることを──。
「アリア、行こう」
エディアス様は立ち上がり、私の手を引いた。エディアス様は根っからの貴族で、王族なのだ。民衆が自分を呼んでいるとなると、対応せずにはいられないらしい。
「一緒に、行っていいのでしょうか?」
「来てくれないと言われたら、悲しくて泣いてしまうな」
がれきの隙間から顔を出すと、一体どこにいたのかと言うぐらい、王城のそばには人が詰めかけていた。
「エディアス様、アリア様、万歳!」
一度は王位を継ぐことができなかったエディアス様が、今はこうして国民に選ばれている。なんだか、とても変な気分だ。
歓喜の渦の中心で、私達の中に流れる空気は不思議なほど穏やかだった。
「忙しく、なりそうだなあ……」
「私も、お手伝いしますよ」
「アリア。もう一度──やり直させてくれないか。五十年前の、約束を……ここが、僕たちの新しい国だ。皆に比べて地味な男だけれど──僕を選んで、くれるかな」
最初に目指した場所ではなかったけれど、私達は、五十年の時を経て、同じ場所に戻ってきた。
「はい。──どこでも、あなたと一緒に、います」
例え貧しい土地でも、王としての責務に苛まれたとしても。私はずっと、彼のそばにいたいと思う。
何とか笑顔を作って手を城下町に向かって振ると、歓声があがった。
熱狂のさなか、視界のはしに、豪奢なドレスを身に着けたよぼよぼの老婆が這うようにして逃げていくのが見えた。以前の姿とは似ても似つかないけれど、私には、それがシェミナだとはっきりわかった。美貌を保っていたマナと、魔力をすべてマナの剣に吸われたのだろう。
今の彼女は、何もかもを失って、自分の肉体のみが残った、ただの老婆だ。声を荒げて、彼女を逮捕しなさい──そう叫ぶ気には、なぜだかなれなかった。
「……もう、シェミナには何も残されていないのね」
「追うかい?」
「いいえ。……私、甘いでしょうか」
「君はそれでいい」
「ええ。……エディアス様、あなたも、そのままで」
エディアス様に体を寄せる。私達は甘いかもしれない。けれど、今はそれで──これで、良かったのだ、と思えた。
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本編はこれにて終了となりますが、本日はこの後にエピローグを二本、12時と19時に予約投稿しています。
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