再会①
「カーレン……!」
「アリア様、遅れまして申し訳ございません。世界樹の中で英気を養っておりました」
久し振りに見る彼女は肩に乗るほどの大きさで、半透明の羽でふよふよとアルフォンスの頭の辺りを漂っていて、どう見ても本調子ではない。それでもカーレンなのは間違いがない。
「カーレン、無事だったのね。良かった」
「私が消えなかったこと。それが世界樹の意思です」
「先に教えてくれればよかったのに……!」
「恥ずかしながら、どらまちっくな再会、というものに憧れがありまして」
深刻な状況であることは間違いがないのに、思わず笑みがこぼれてしまう。妖精は妖精で、いつも飄々として、変わらないのだ。こんなに心強いことはない。
「気落ちしているアリア様に隠し事をするのは心苦しくありましたが……敵を騙すにはまず味方から、と」
アルフォンスはカーレンが以前私に見せてくれた魔法──離れた場所の事柄をマナを通して見せてくれる──それを用いて、先に城門内に潜入し、王都内部の人間や、軍に見せていた。そして、じわじわと内部の協力者を増やしていたらしい。私達が到着し、外の王国軍の戦意が喪失した所を見計らって、一番いいタイミングで扉を開くことにした。
「アルフォンス、よくやってくれた」
「皆が頑張ってくれました。エディアス様も、よくご無事で」
エディアス様とアルフォンスはかたい握手を交わしている。
「魔術や領地経営だけではなくて、民衆の扇動もできるのね」
「身の危険を顧みず、王都にて息を潜め、じっと耐えていた協力者たちがいてこそです」
エディアス様に養育される前のアルフォンスは、国からも、そして親からも見捨てられた、行き場のない子供たちを取りまとめるリーダーとして王都のスラム街を生きていた。そのような生活の中で、偶然出会ったエディアス様にその才能を見いだされ、彼の養子となり、仲間達の生活を少しでも良くしようと、今日まで彼なりの戦いを続けていたのだと言う。そして今、そのつながりが実を結んだのだと言う。
「そうだったの……」
人は見かけによらない。様々な出会いがあったけれど、皆について知らない事ばかりだ。
「子供達の紹介は、全てを成し遂げた後に。……シェミナは魔力砲の準備を再び進めているようだ。ここは二手に分かれて、作戦を進めよう。僕は魔力砲を止めに行く。ゼアキス、君はフェンリルたちと共にここで軍を取りまとめてくれ。……信じているよ」
「わ、わ、わかった。大叔父様、ここはこの俺に任せてくれ」
ゼアキスは全身に汗をびっしょりとかいているが、力強く頷いた。……人は変わっていくものだ。信じてもいいのかもしれない。
「我は聖女と共にゆくぞ。ここにとどまっては、長の肩書きが泣くというものよ」
「私もアリア様の護衛を、再び務めさせていただきたく」
カーレンが私の方に向かってふよふよと飛んでくるのを、手で遮る。
「それは心強いけれど……カーレン、貴女はエディアス様についていてくれないかしら」
カーレンは私の頼みに、拗ねた様に唇を尖らせた。
「お側に置いては貰えないのですか? 確かに体の再生は追いついていませんが、魔法は使えます。もう二度と、遅れを取る事はいたしません」
「信頼しているからこそよ」
「……心得ました。エディアス・ラングの安全を確認したら後ろを追いかけても?」
「状況が落ち着いてからね」
「……それでは、これをお持ちください」
カーレンが服の中からよいしょっと手渡してきたのは、彼女がいつも身につけていた耳飾りの片割れだ。由来は不明だけれど、彼女にとって何か重要なものなのだろう。ありがたく受け取り、右耳につける。
「本当は、こんなものではなく私がお側にいたいのですが……」
カーレンはなにか悪い予感にとらわれているのか、なかなか私のそばを離れようとしなかったが、やがて諦めたように、ふよふよとエディアス様の近くへと飛んでいった。
「アルフォンス、頼むよ」
「はい。かならずや。差し違えてでも、この国を取り戻します」
「……親不孝はやめてくれ」
「……ご武運を、エディアス様」
魔力砲の場所は王城から少し離れた離れた所にある。王家に連なる人間しか、その操作法を知らない。エディアス様はそちらを止めにゆき、私はシェミナと対峙する。
「アリア、任せたよ。……必ず、全員揃って、再会しよう」
「はい」
──必ず、全てを終えて再会する。
決意を胸に、ラーミヤの背に飛び乗った。王城へと向かう大通りをまっすぐにかけていく。
矢をつがえる兵士はいるけれど、実際に攻撃はされない。今までまで自分達が信じて仕えてきた相手が偽りの存在だったと分かりはじめてきて、戸惑っているのだ。茫然自失に陥っているものもいた。
「指揮系統が全く機能していませんね。この調子で、エディアス様側の守りも戦意を喪失していると良いのですが」
「……エディアス様ならきっと、極力血を流さないように説得してくださるわ。そう言えば、アルフォンス。最近、エディアス様のことを父上と呼ばなくなったわね」
頬に生ぬるい風を受けながら、私は先ほどのやりとりを思い返していた。肩の後ろで、アルフォンスが頬をかく気配がした。
「エディアス様は私にとっては命の恩人で、父であり、お仕えする主君でありました。その気持ちは今も変わりませんが……」
「ませんが……?」
「こう……元のお姿に戻ってしまった姿を見ると、どうにも父と呼ぶのはむずがゆく。私にとっては、初対面からずっと、ぬいぐるみの方を父上だと認識していたもので……」
「……まあ、そうね」
「お前、エディアスの息子だったのか。人間の顔はよくわからん。では、この後はお前が王子になるのか?」
「冗談……は終わりだ。もうじき、城門が見えてくる」
城門を守る兵士達もまた、戸惑っている。王城は市街地よりもやや高い位置にあり、炎もなく門が開いたのが見えていたはずだ。そのことに疑問を感じないはずがない。……正気で、あればだけれど。
「……臭いな、鼻が曲がりそうだ」
ラーミヤは体にまとわりつく瘴気を振り払おうとするかのように、ぶるりと体を震わせた。
数人の兵士が、意を決したように立ち塞がり、私に向かって矢をつがえた。
「道を空けてください。私は王都の瘴気を浄化するためにやってきました。あなた達に危害を加える理由はありません」
私の言葉を聞いても警戒心を解かず、なおも命令を全うしようと、孤軍奮闘の兵は少なからず存在する。
「真面目なのか、はたまた何も考えていないのか……」
アルフォンスがため息をつく。彼から、かすかな魔力の気配を感じる。実力行使も辞さない──と言う事だ。
「彼らは普通の人間。手荒な事はなるべくしたくないわ……」
何かいい作戦はないかと、アルフォンスに目配せをしたその時。
「いい。通せ。シェミナ様のご命令だ」
──門の奥から、不自然なほどはっきりと、聞き覚えのある声がした。
「……!」
アルフォンスのまとう雰囲気が、より一層剣呑なものになっていく。彼もまた、私と同じ疑念を抱いているのだ。
「しかし……」
城門を守る兵士は、声の主に対して納得していないようだった。
「かまわんさ。世界樹にまとわりつく害虫駆除に割いている時間はない。虫が勝手に火に入って燃える分には、手間が省けてけっこうな事だ」
その言葉が終わるないなや、古めかしい音を立てて、ゆっくりと城門が開いてゆく。扉の向こうに、背の高い青年が立っている。逆光で、よく顔は見えない。けれど、誰だか、わかりたくないのに、わかってしまう。
「……っ」
予感はしていた。私が彼の声を聞き間違えるとは思えないし、他人の空似も考えにくい。ただ、信じたくなかった。
「ようこそ、聖女アリア」
城門の前に立っていたのは、いつも私を守ってくれていたはずの、カイルだった。




