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×××は嫌だ(中)

「お待ちください。王太子は少々、体調不良のようです」

「でも……」

「顔合わせまでは少しお時間をいただければと」


 アーサーは柔和な表情のままだけれども、眉の辺りがピクピクと引きつっている。彼にとっても不測の事態ということだ。


 嫌な予感しかしない。判断を仰ぐために振り向くと、アルフォンスは半笑いだった……意外と言うか、当然と言うか。考えている事が顔に出るタイプらしい。


 二人の男性の間でどうすればいいのかわからずにおろおろしていると、今度は奥の部屋から、男性のうなり声が聞こえてきた。


「ただごとじゃないわ」

「問題ない」


 問題ないわけないじゃないの──アーサーでは話にならない。再びアルフォンスをちらりと見ると、彼は何やら、悪そうに口元を歪ませた。


「妙ですね。王太子は健康そのもののはず。先程から、一体何をなさっておいでなのですか? 何やら意思疎通が図れていない様に思えますが……」

「……」


 アーサーは答えず、ただアルフォンスのことを睨みつけている。その表情は険しい。やはりと言うかこの二人、仲は良くないようだ。


「アルフォンス・ラング。おまえには関係のないことだ」


「関係なくはないでしょう。聖女に仕える神官としては、このような事態を見過ごすことはできません。それに私はこう見えても、アリア様には大変信頼されているのです。お優しいアリア様の代わりに、不透明な部分はビシッと追及しなければいけません」

「……」


 二人の会話に口を挟むことはなんだか憚られた。アルフォンスの妙に誇らしげな言動にアーサーはますます不機嫌顔だ。そのあいだにも、扉の向こうからメイドがもう一人飛び出してきた。


 さすがに異常事態だとしか思えない。様子を見に行きたいけれど、アーサーとお付きの騎士が私達の行く手を阻んでいる。どうしたものか。


「状況を確認したいとのアリア様のご要望あれば、仕方ありません。私にお任せください」

「え?」


 まるで私の心が分かるかの様な言葉に思わず瞬きをすると、彼はパチッと指を鳴らし、一声叫んだ。


「グラビティ!」


 その途端、部屋の中の空気がまるで地面に押さえつけられるように重くなった。──重力魔法だ。その風貌から、魔術に明るいだろうとは思って居たけれど、エディアス様のご子息がこれほどの魔術の使い手とは……なんだか皮肉だ。


「うっ……」


 息ができないほどではないが、あまりの重さに立ってはいられず、その場に膝をつく。他の人間も同様で、アルフォンスひとりだけが平然としている。


「おっと……アリア様、申し訳ありません。はしゃいでしまいました」


 アルフォンスが手を差し伸べると、ふっと体が軽くなった。私のまわりだけ魔法が解かれたのだ。


「重力魔法ね? 何故こんなことを」

「そりゃあ、邪魔が入ると面倒だからです」

「詠唱もなしに魔法を使えるなんてすごいのね」


 私が聖女としての任務に就く前から、この国のマナは減少傾向にあった。それはこの五十年止まるはずはなくて、それに伴って魔力のある人間も大分少なくなってはいると思うのだけれど。


 これほどに大掛かりな魔法を使えて、かつ王族の血を引くエディアス様の息子であるのに、どうして彼は私付きの神官なんて、冷遇されるような職に就き、なおかつその辺じゅうに喧嘩を売ってばかりなのだろう。謎の多い人だ。


「アカデミーでは百年に一人の天才と言われておりました」


 アルフォンスは自慢げに腰をかがめて、私の顔を覗き込んだ。どうやら頭を撫でてほしいらしいが、今はそれどころではない。


「何をしている! 早くあの不届き者どもを止めろ!!」


 アーサーは怒りに震えながら叫んだが、アルフォンスは聞こうとはしないし、彼と私のほかに動ける人間はいない。


 アルフォンスが遠慮無く扉に近づき、聞き耳を立てたので私もそれを真似する。部屋の奥にいる男性はまだ興奮状態のようだ。


「……嫌だって言っているだろう!」


「ゼアキス様! いい加減にしてください!! あなたが生まれる前からの決定事項なのですよ」


「ふざけるな!! 俺は結婚なんかしないぞっ!! 俺には愛するマーガレットがいるのだ。聖女と結婚などするものか」


 どうやら、扉の向こうにいるのは王太子ゼアキスで本当の本当に間違いないらしい。


 今までに得た情報からすると、ややこしい話ではあるけれど、彼はシェミナの孫、私からすると姪孫の間柄になる。


「目覚めた聖女と婚姻を結ぶことが立太子の条件でしたので……」

「とにかく嫌なものは嫌だっ!」


 薄々勘付いてはいたのものの、どうやら彼も私との結婚に乗り気ではないらしい。まぁ、当然といえば当然だ。……話が早くて助かった。アーバレスト公爵家としては何者だろうとも、王家に輿入れしてくれればいいのだから関係ないけれど、当事者ともなれば親子以上に年の離れた女を妻に迎えたいとは思わないだろう。


「……じゃあ、帰りましょうか……」


 これなら大丈夫だろうと、アルフォンスの方を振り向いた瞬間。


「大体、聖女って、ババアだろう! 俺はババアは嫌だ!」


 そうですね、と言いかけたアルフォンスの言葉を遮るように、悲痛な叫びがこだました。

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