王家の墓①
「侵入者?」
「はい。王太子がのこのこと顔を出したので用事を言えと追及したところ、えらそうにふんぞり返ったのが見張りのフェンリルの逆鱗に触れたのか、引きずり回されながらこちらに連行されてきたようですよ」
カーレンはまるで何でもないことの様に言ったが、それは重大事件ではないのだろうか、とは思う。けれどこのラング領の人々は王家に対する忠誠心がまったくないから、誰も事件とは思っていない様子だ。
この二ヶ月ほどの間、領地の境目に王国軍が出入りしているのは知っていたが、実際に踏み込んで来たのは王太子の襲撃以来の事だった。何しろ、こちらからの対話は成立せず、向こうからの連絡もない。あれだけ強力な魔法を打ってきたにもかかわらず、だ。それなのに、今更少人数で真正面からやってくるなんて──。
エディアス様は領地の視察に出てしまっている。つまり今、血気盛んな人しか私の周りにいないのが、若干……いや、かなり不安だ。
「くそっ、なんだこの犬は! ふざけるな!」
「犬とフェンリルの区別もつかないとは、目か頭のどちらかに瘴気がこもっていると見える」
ラーミヤがぽいと私の前に投げ捨てたのは、忘れもしないゼアキス王太子だった。丸腰で、髪は乱れ、フェンリルに引きずられたのか服はびりびりに破けていた。
「何だ、女! 俺は王太子だぞ。その目つき、不敬だろうっ!」
「私は、アリア・アーバレストです」
私はゼアキス王太子を何度か見聞きしたけれど、そう言えば、実際にこうして顔を合わせるのは初めての事だった。
「聖女アリア! お前が!? ……王太后とは似ても似つかない」
「似ていなくて結構よ、とアリア様が仰せだ」
頬が引きつった私の代わりに、カーレンが気持ちを代弁してくれた。
「べ、別に悪い意味で言ったのではない!……おい聖女、この私は正式な使者として派遣されたのだ! それをこの犬どもと来たら……」
「犬ではないと、何度言ったら分かるのだ、この案山子頭め」
ラーミヤが王太子の豊かな金の髪の毛を咥えて、床の上を引きずり回した。悲痛な叫びが響き渡るけれど、誰も止めに入らない。
「ラーミヤ、止めて。正式な使者だと言うのは、多分本当だと思うから」
ゼアキスは上着の内側から、一通の封書を取り出した。
私が手に取る前にアルフォンスがひったくるようにして取り上げて書面を確認する。
「確かに国王陛下の御璽ですね……。失礼いたしました殿下。しかしこのような辺境までわざわざお越し頂いて申し訳ないのですが、残念ながら本日は当主不在の為対応できかねます。明日改めてお出向きくださいませ」
「貴様に指図される筋合いはない!」
ゼアキスは不遜な態度で足を踏み鳴らした。相変わらず人の話を聞かない男だ。その態度にまたフェンリルたちが反応しかけるのを抑えながら、私は彼を応接間へと案内することにした。
手紙を改めて確認する。──差出人はシェミナ。宛先はアリア・アーバレスト。
手紙には「話がしたい。二人で会いたい」という旨だけが書かれていた。見覚えのある文字だ。おそらく本人直筆だろう。
「罠ですよ」
「罠ですよ」
行く必要はない、とアルフォンスとティモシーは声を揃えて言った。
「けれど、このままだと全面戦争に突入してしまうわ」
エディアス様は、あの魔法を再装填するにはかなりの時間を要すると言っていた。領地の境目ではフェンリルたちが目を光らせているが、新天地を求めてこちらに王都を脱出してくる人の数は日増しに多くなるばかり。このままジワジワといつ命を狙われるかわからない状態で心をすり減らすぐらいならば、一度言い分を聞いてもいいかもしれない。
「友好のあかしとして、ゼアキス王太子をこちらに滞在させるようだし、話し合いもせずにただ対立するだけでは、いたずらに消耗してしまうわ」
「いらなくないですか? この男に人質の価値はない」
アルフォンスは今日も辛辣だ。
「……まあ、アリア様の仰る通り、別に、国を乗っ取ろうという訳じゃないんですから、話し合いでうまい落としどころが見つかればいいっちゃいいんですけどね」
ティモシーは穏健派だ。別に滅亡してほしいわけではない。ただ、私や他の人を踏みにじって利益を享受するのをやめてさえくれれば、私は構わないのだ。
「何にせよ、話し合いをこちらから断るのは、よくないと思うのよ」
「私は反対です。行く必要はありません。直系の孫とは言え、彼女はゼアキスに価値を感じていないからそんな真似ができるのです。しかも、場所が『王家の墓』と言うのが、なんとも腹立たしい」
シェミナが手紙の中で指定してきたのは「王家の墓」と言われる場所だった。
「あの辺りは王家の直轄地です。軍隊を差し向けて、アリア様を攻撃するに決まっている!」
「でも……なんだか、ざわざわするのよ。何かに呼ばれているような、行かなければ、って気持ちが心の底から湧き上がってくると言うか……」
「む……アリア様、それほどまでに直接決着をつけたいと……」
「黙って聞いていれば、盗っ人猛々しい奴らだ。反逆者どもに弁明の機会を与えてやると言っているのだぞ。さっさと出頭せんか」
床に這いつくばったままのゼアキスが横やりを入れてきた。ラーミヤがうなり声と共に鋭い牙をむき出しにすると、すぐに黙ってしまった。それなら最初から言わなければいいのに、気が強いのか弱いのか……。
「アリア様のお心は分かりました。それでは我々騎士をお連れください。必ずお守りいたします」
「ありがとう」
「我もともにゆくぞ」
カイルとカーレンを連れていけば、大抵の事はなんとかなるだろう──そう思っていると、ラーミヤまでもが立候補してきた。
「いいの?」
「ああ。聖女の護衛となれば、我らが一族の復権の象徴としてちょうどよいと言うものだ。ついでに、使者とやらは、フェンリルの集落で丁重にもてなそう」
「俺を、犬小屋へ……!?」
ゼアキスの呟きに、ラーミヤが目敏く耳を立てた。
「今、なんと言った?」
「な、なんでもありません……」
ゼアキス王太子は長いものに巻かれる性質のようだ。彼個人にどうにかする力があるとは思えないから、放っておいてもいいのかもしれない。
ひとまず、私はシェミナとの話し合いに応じる旨をしたため、王都へと手紙を送った。




