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招かれざる客②

「とにかく、アリア様は休憩なさってください!」


 ティモシーから仕事を取り上げられて、ご飯を食べる事を義務づけられてしまった。しかも、なんと、カイルとカーレン、エディアス様の監視付きで木陰で食事を摂っている。とは言っても、食欲が湧かないのは本当で、そのような状況で貴重な食糧に手をつけるのは気が引ける。ゆっくり、ゆっくりと咀嚼しながら、周囲の会話に耳を傾ける。


「カイル君は、森でフェンリルに会った事があるかい?」


 エディアス様の問いかけに、カイルは首をひねった。


「魔獣の中ではかなり知能が高いので、そう簡単には近寄ってこない。たまに遠巻きにこちらを見ていることがあるが」


「聖女が現れたのを察して、アリア様の元に馳せ参じようとしたのでは?」


 彼らからすると理不尽にもいきなりの攻撃を受けただけなので、カーレンのその思考はさすがに傲慢がすぎると言うものだ。


「やはり、森を焼かれたことで住み処を求めてやってきたのかしら……」

「あの魔法は、装填にはかなり時間がかかる。もちろん、僕の知っている時より性能が向上している可能性はあるが……再度、こちらには世界樹の力を独り占めするつもりはないと書簡にて主張し、できる限り武力衝突は避けたいと思っている」


 エディアス様は会話の途中でふりむき、背後にあった太い幹の木をじっと見つめた。


「どうしました?」

「誰かがいたような……」


 エディアス様がつぶやくと、まるで呼ばれたように、木の陰からふわふわとした黒い毛に覆われた子犬が現れた。


「かわいい!」


 あまりの愛らしさに、思わず声が出てしまう。手でこちらにいらっしゃい、と合図をすると子犬はとことこと私の近くに寄ってきて、興味ありげにバスケットの中を覗き込んだ。


「お腹が空いているのかしら……あなたはどこから来たの?」

「わんっ!」


 子犬はバスケットからスコーンを見つけ、それにかぶりついた。やはりお腹が空いているのだろう。


「かわいいわね」


 敵意はないように見えたけれど、撫でようとすると子犬は私の腕からするりと抜けて、私たちから少し離れたところに陣取った。


「警戒されているのかな」


 エディアス様はそんな事を言って、子犬を真剣な目で見つめた。どちらかと言うと、エディアス様のほうが子犬を警戒しているように見える。犬は別にお嫌いではなかったと思うけれど。


 スコーンを食べ終えた子犬は、きゅるっとした目でエディアス様をじっと見つめた。エディアス様もしばらくはそれに付き合っていたのだけれど、やがてふっと視線をそらした。


「ごめん。ぬいぐるみだった頃に、おもちゃだと思われて誘拐されそうになった事があって……」


 子犬はまだ、じっと私たちを見つめている。


「私の方においで」


 手を差し出すと、子犬は私の方へとやってきた。今度は撫でさせてくれるようだ。そのまま抱き上げると、モフッとしていて、癒される。撫でると、目を細めて喜んでくれているように見えた。


「可愛いですよ」

「どこかの家から逃げ出してきたのかな」


 エディアス様がそんな事を言った。確かに犬小屋があったとしても、あの衝撃で壊れてしまっているだろう。


「私、飼い主を探しておきますね」

「頼めるかな」


 黒い子犬を抱えてあちこちを回ったけれど、飼い主は見つからなかった。そうこうしているうちに、日が暮れてしまう。


「仕方がないわね。しばらく私の部屋にいらっしゃい」

「わんっ」


 子犬は黒曜石の様な黒い瞳で私をじっと見つめた。賢い子だ。私の言葉を理解しているように見える。


「このまま、見つからなければここで面倒を見よう」

「いいのですか?」

「アリアに懐いているようだからね。これもなにかのお導きかもしれない」

「わん!」


 子犬はエディアス様に返事をするように、一声鳴いた。



「では、こちらにお夜食を置いておきますので」

「ええ、ありがとう」


 夕食もほとんど食べられなかった。あんまりおなかが空かないのだと主張したのだが、今度はこっぴどく怒られてしまい、部屋まで夜食が運ばれてしまった。


「本当に、お腹が空いていないのに……」


 たっぷり餌を与えたはずの子犬は、私の寝室までついてきて、物欲しげに夜食を見つめている。あんまりあげすぎるのもよくないかと、布をかけて見えないようにする。


「一緒に寝ようか。おいで」


 明かりを消しても、窓から差し込む月明かりに照らされて、子犬は私をじっと見つめている。


「そう言えば、名前を決めていなかったわね。何にしましょうか……真っ黒だから、ノワール、とかどうかしら……」


「その必要はない」


 聞き覚えのない、低い、威厳のある声が響いたと思えば、視界が一瞬で真っ暗になった。


 ──違う。


 私の体は、何か、巨大な力に踏みつけられ、床に伏している。なんとか、床に倒れ伏した状態で首を捻って、私は襲撃者の顔を見上げた。


 そこにいたのは──子犬ではなくて、漆黒に輝く毛並みの、巨大なフェンリルだった。


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