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王都からの攻撃

 エディアス様が世界樹の力によって元の肉体を取り戻してから一週間が過ぎた。


 最初の頃は小さい子は知らない人がいると言って泣き、大人は目を白黒させたが、三日もするとすっかり慣れてしまった。


 組織の頂点であるエディアス様の健康問題がなくなり、世界樹が発芽し、水と食糧問題が解決する──領民たちはみな、未来への希望に胸を膨らませている。


「すごい! エディアス様、かっこよくなったね!!」

「ありがとう。本当だね」

「うん、びっくりしちゃった。でも、ちょっとだけ、もこもこのエディアス様がいなくなっちゃってさみしいかな」

「そうだね……でも、セバスチャンと一緒にいるから、いつでも会いにくるといい」


 エディアス様だったぬいぐるみは、セバスチャンが今更手放せないのか、彼がまだ持ち歩いている。たまに彼がぬいぐるみに話しかけて、一人で苦笑しているのを見かける。


 私は聖女として引き続き瘴気の浄化を行い、その傍ら、子供たちに読み書きを教えている。資源が乏しいラング領にとっては子供も大事な労働力ではあるけれど、学びをおろそかにできない、というのがエディアス様の信念だ。


 エディアス様は復活してすぐに、前と変わらず朝から晩まで──いや、おそらく前よりも精力的に、領地の改革に取り組んでいる。彼に言わせると、手も足もよく動くから楽しくて仕方がない、のだそうだ。


 今日は忙しい合間を縫って、視察の名目で私たちの所に顔を出してくれたのだ。


「皆、アリアの言う事をよく聞いて、しっかり勉強をするんだよ」

「はい! 僕は、いっぱい勉強して、王立アカデミーに入りたいです!」


 無邪気な子供の願いに、エディアス様の瞳の奥に、わずかに悲しみの色が浮かんだ。


「……君が大きくなるまで頑張っていれば、その夢は叶うだろう」


 国の最高学府である王立アカデミーは、もちろん王都にある。今の状態では、例えどんなに優秀な人間だろうとも、扉は閉ざされてしまっているだろう。


 王都からの斥候が領地の境目でじっと様子を窺っているらしいのだが、まだ内部でどうなったか──水や食糧の問題が秘密裏に解決され、私が世界樹の花をエディアス様に使ってしまった事までは把握されていないだろう、というのがアルフォンスの見立てだった。


 世界樹は変わらず、湖の小島ですくすくと成長している。そのうちに枝葉を伸ばし、ラング領のみならず、国内全体をマナで満たし、潤わせるだろう。


「このまま、この平穏がずっと続けばいいのだけれど……」


 そうすれば、王家も渋々ながらこのままラング領の自治を認め、国の発展に向けて尽力しはじめるかもしれない。


 淡い希望を口にした瞬間、地面が震えるように揺れ出した。マナのざわつきが、肌を粟立たせる。


「……なに?」


 空気と一緒に、地面が震えている。地震だろうか。いや、この感覚は、地中からではない。もっと嫌なものが、どんどんと近づいている──そんな感覚がある。


「大変です……!」


 アルフォンスが扉を蹴破らんばかりの勢いで転がりこんできた。やはり、何か悪い出来事がラング領に迫りつつあるのだ。


「王都から、高濃度のマナの放出が確認されました。それがこちらに接近……つまり、攻撃されています……!」


「なんですって!?」


「詳しい説明は後です。急いで避難して下さい!! 照準はこの屋敷です!」


 とは言っても、何処に逃げればいいのだろう。屋敷の背後は森に囲まれており、逃げ場がない。


「ひとまず、外の開けた所に出よう。屋敷が崩れてしまっては、ひとたまりもない」

「……はい」

「いつかの攻撃に備えて、アルフォンス達には魔力障壁の研究をさせている。完全に防ぐのは難しいけどね……」


 エディアス様の指示の元、子供達を抱きかかえるようにして、屋敷の外に出た。その瞬間、空に黒い稲妻が、矢のように奔るのが見えた。


 そして轟音が鳴り響き、大地を揺らす。衝撃で立っていられず、子供に覆い被さるようにして地面に倒れ込む。


 立ち上がることができないまま、魔力の渦が、まるで大嵐の様に吹き荒れているのを感じる。


「アリア様っ、怖いよー!」

「大丈夫。大丈夫よ。落ち着いて。きっとすぐに収まるから」


 言い聞かせても、子供は混乱していて泣きじゃくる。何しろ、風を切り裂き、木々が倒れる音に混じって、人々の悲鳴が聞こえてくるのだ。


 私自身、冷静でいようとは思っているものの、怖くて仕方がない。こんな体験は初めてだった。一体何が起こっているのか……。


 衝撃が収まるまでの時間は、まるで一秒が一時間のように感じられた。


「う……」


 ようやく立ち上がれるようになった頃、目の前に広がっていた光景に、言葉を失った。


 木はなぎ倒され、大地はえぐれて、辺り一帯に、腐敗臭とも焦げ臭さとも言えない何とも嫌な臭いが立ちこめていた。屋敷も半分以上が吹き飛び、背後の魔の森にまで影響を及ぼしたようだ。


 赤黒い炎が、魔の森を包んでいる。住処を焼かれた鳥たちはぎゃあぎゃあと怨嗟の声をあげ、黒い雲のように空を埋め尽くしている。


「……これが、王都からの攻撃だと言うのですか?」


 地面から起き上がったエディアス様の表情は険しかった。


「ああ。防衛や戦争に備えて、王家が備えている高出力の破壊兵器だ」

「そんな……そんなものを、王家が撃ってきたと言うのですか?」

「……王族にしか動かす権限は、ない……」


「シェミナが命令したの?」


 私の呟きに応える人は居ない。けれど、沈黙が肯定してくれる。


「世界樹が王都から消えた事に気が付き、脅しのために打ってきたのでしょう。多少は魔力障壁によって緩和出来ましたが、少なくない被害が出ているかと」


「世界樹を盗み出した我々とは、対話をする余地がないと言うことだろうな。それにしても、いささか王都に備蓄されているマナとは性質が違うようだ。どういうからくりなのか……」


 エディアス様は、世界樹の花を体内に取り込んだことにより、マナの性質が感覚的に理解できるようになったのだと語った。


「向こうはまだ、エディアス様が復活された情報を知らないはず。なのに攻撃を仕掛けてくるなんて……」


 はたしてこれは牽制なのか、それとも照準がズレてしまっただけなのか……それはまだ、誰にも分からない。


 手が震えていた。自分の選択の一つ一つが、こんなにも重大な事件を引き起こすのだ。


 呆然と立ち尽くす私達の目の前で、あっと言う間に木々は炎に包まれてゆき、黒煙が辺りに広がってゆく。


 こんな威力の攻撃に対抗する術など、あるのだろうか……。


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