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「エディアス……さま……の……」


 アルフォンスは、かつて私の恋人だった男性の息子だと名乗った。


 同姓同名の可能性は限りなく低い。だって彼はこの国の第一王子だったのだから。「ラング」と言う家名はこの国に一つしかないはずだ。


「そ、そうなの……」


 会話が上手くできない。手元のカップが震える。それを誤魔化す為に勢いよく温いお茶を喉に流し込もうとすると、今度はむせてしまった。


「アリア様」


 多分うまく表情が作れていないのだろう、アルフォンスはこちらを気遣うように──あるいは、飼い主の様子を窺う小動物のような瞳で私を見つめている。


「……びっくりしちゃった。まだ……自分がマナの泉の中に五十年もいて、他の人が歳を重ねているなんて、あまり実感出来なかったものだから。そうね……そんなにも時間が経ったのね」


 咳が落ち着くと、アルフォンスは私が封印されていた間の事を色々と語ってくれた。


 私が封印されてから五十年が経過している事。王都は一見豊かだが、各地でマナ不足が深刻である事。そして……かつての恋人だったエディアス様は今もご健在で、ラング公爵として領地を治めていらっしゃる事。


 そして彼はとうの昔に結婚して子供がいる……考えれば至極当然で、めでたい事。……淋しくないと言えば嘘になるけれど。でも、今は彼が幸せに暮らしていて、立派なご子息がいる事を喜ばなくてはいけない。


「私は王立アカデミーを卒業してから十年間、アリア様のおそばで偉業を成し遂げられるさまを見守っていました。最初七年は一人で、後の三年は弟と二人で」

「弟さんがいらっしゃるの?」


 アルフォンスは落ち着いた容貌ではあるけれど、年齢は二十代中盤といったあたりだ。そうなると、エディアス様の子供にしてはいくぶんか歳が若いような気がする。遅くに出来た子供かもしれないけれど。さらには弟も居ると言う。再婚なのだろうか?


「はい。ティモシーと言います。世界樹発芽の兆しを確認したあと、一足早く父上に報告へ向かいました」

「エディアスさ……ラング公爵に?」

「はい」

「彼は世界樹が発芽したこと、喜んでくれるかしら?」

「疑いようもありません。『僕は世界樹の発芽をこの目で見届けて、聖女様が自由の身になるまではなんとしてでも生きながらえてみせる』と常日頃から言っていましたから」

「そう」


 アルフォンスの表情からは、彼が心から父を敬愛していることが読み取れた。


 エディアス様のこれまでの人生に何があったとしても、彼は今でも私の事を覚えてくれているし、愛し愛される家族がいる。


「貴女のお母様は、どんな人なの?」


 少しだけ、現実を受け入れる覚悟がわき上がってきた。エディアス様はあの後、どんな女性を選んだのだろうか。


「素晴らしく慈愛に溢れた人です。父が母を愛するのも当然です」


 アルフォンスの即答。そこにまったく照れはない。


 惚気られてしまった……。


 複雑な気持ちだけれど、まあ、いいか。……とにかく、エディアス様がご健在で、元気に過ごしている事が分かったのだから。


 そのまま、口を動かす練習がてら当たり障りのない会話を続けていると、控えめなノックの音がした。


「誰だ?」

「アーバレスト公爵様が聖女様をお呼びです」


 アルフォンスの棘のある問いかけに対し、ドアの向こうから申し訳なさそうな女性の声が聞こえてきた。


 アーバレスト公爵、の言葉を聞いて、アルフォンスは不愉快そうに眉をしかめた。私は三人きょうだいだった。私が封印された後、妹であるシェミナは王家に嫁ぎ、弟は公爵家を継いだのだろう。私を呼び出したのは、弟か、あるいはその子孫。


「当代の公爵はアリア様の甥にあたる方です」


 私の疑問に答えがあった。


 ……何とか受け入れようとはしているけれど、自分の肉体や精神はそのままなのに、残酷なほどの時の流れを実感してしまう。


「呼ばれたなら、行かなければね」

「よろしいのですか?」


 ゆっくりと手をついて立ち上がると、アルフォンスもまた、不承不承と言った様子で立ち上がった。


「よろしいも何も、呼ばれたら行くしかないじゃない?」


「……アーバレスト公爵は、貴方と王子の婚約を押し進めた一人です……あのふざけた提案を呑むのですか?」


「シェミナがまだ生きていて国母として権力をふるっている。当然、アーバレスト公爵家はその傘下ということよね」

「はい」


 生家であるアーバレスト公爵家が私を丁重に扱う訳がないことは、自分自身が一番良く知っている。


「何かの理由で私を利用しようとしている事まではわかるの。とにかく、私には情報が必要だわ」


 それと、時間も。アルフォンスは親切だけれども、何時までも彼が助けてくれるとは限らない。おそらく、城内の人間は全員敵だと考えて差し支えないだろう。


「あなたは一人ではありません。私と……私の家族がいます」


 アルフォンスは床に跪き、ぎゅっと私の手を握った。彼の目は少し潤んでいて、その言葉に、胸の奥がじんわり暖かくなって、泣きそうになる。


 ああ、やっぱり。この人は優しい。顔にエディアス様の面影はないけれど、彼の中に同じ優しさを感じる。


「ありがとう、心強いわ。本当に……」


「では……気乗りはしませんが、これも仕事のうちです。参りましょう」


アルフォンスは心底嫌そうな顔をして立ち上がった。

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