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王都からの刺客⑤

「邪魔をするな、この農民風情が!」


 そうしている間にも、屋敷に突入したい騎士とそれを押し返す領民との間で諍いが起きている。正規軍の手にかかればひとたまりもないと思うが、彼らには覇気がなく、魔法の使い手であるアルフォンスを警戒しているように見えた。


「ええい、何を手こずっている! 構わん、殺せ!」


「しょ、しょ、承知しました!……この無礼者が!」


 騎士が引き抜いた剣が、セバスチャンにまっすぐ振り下ろされる。


「やめてっ!」


 思わず悲鳴を上げ、手で顔を覆ってしまう。


「大丈夫ですよ」と落ち着いたカーレンの声におそるおそる顔を上げると、カイルが騎士とセバスチャンの間に割って入っており、怪我人はいなかった。


「そこまでだ。……ふう、何とか間に合ったか」


「お前は……誰だ!」

「俺です。お待たせして申し訳ありません、エディアス・ラング。アリア様は貴方を伴侶と定めた。これより貴方をお守りします」

「くっ……誰だ、お前は、と言っている! それは王族直属の近衛騎士の制服だろう! 王家を裏切るつもりか!」

「いや、あいつこそが先日、更衣室に侵入した曲者に違いない!」


 騎士達は突然現れたカイルに面食らっているようだ。……カイルが着ている騎士の制服は魔術かなにかによるものだと思っていたけれど……もしかして、盗難品なのだろうか。


「落ち着いてください。こんなところで暴れるのは公共の福祉に反しています」

「……なんだ、この、話が通じない不気味な男は! ……とにかく、そこを退け! それか、エディアス・ラングを殺せ!」


「だめです。アリア様が悲しみますので」

「ふざけるな、何なんだお前は一体!?」


 騎士たちは、カイルのとぼけた言動に振り回されて、混乱を極めている。そのうちの一人が再び大きく剣を振りかぶり……剣がカイルの首に刺さった。


「きゃ……」


 血は吹き出なかった。かわりに地面にぽろりと──まるで蝋人形の首が取れてしまったみたいに、カイルの首が転がってしまった。

 予想しなかった出来事に、あたりはしんと静まり返る。


「ああ……、困った、困った」


 カイルは何てことないと言う風に、やれやれとため息をついた。……多分、彼は頑張って人間の言動を学ぼうとしている最中、なのだと思う。うまくいっている様には、あまり、見えないけれど……。


「ぎゃーっ!」

「首が!」

「化け物だ!」


 魔法を通しても、周囲のどよめきや絶叫が伝わってくる。近くにいた騎士の半分ほどは生首を見て後ずさりをし、あとの半分は状況が理解出来ずにあっけに取られている。


「か、カイル君! 大丈夫なのかね?」

「問題ない。ありません」


 地面に転がったカイルの首は落ち着きはらって返事をした。我慢が出来なくなったのか、それともこの状況なら動いても構わないと思ったのか、エディアス様がひらりと飛び降りて、カイルの首に駆け寄る。


 彼は実際に人間の肉体を持っているわけではないのだから、首が取れてしまっても特に影響はないのだろう。ないといいのだけれど。


「ああ、人間の形を取るのはなかなか難しいな……こんなに簡単に、壊れてしまうなんて」

「待ちたまえ。なんとかしてくっつけよう」


 地面に転がったカイルの首はなんでもないことのように流暢に喋り続けている。体は直立不動のままで、その光景は傍目から見ると滑稽だ。……エディアス様が、もこもこの両手でなんとか首を持ち上げようとしているのも含めて。


「ひ、ひい」


 けれど、騎士達はその様子に怖れおののいている。王都の──王太子付きの騎士となれば、山で魔獣やそのほかの人ならざるもの──妖精や反魂の術の依り代と出会う機会はそうないだろう。見方を変えれば、カイルは首を切っても死なないしエディアス様は人語をあやつる謎の生物、そして魔術の使い手であるアルフォンス、そして平然と立っているセバスチャンという布陣なのだから脅威に感じるのは当然のことだ。


「ひとまず、元気なようだね……」


 セバスチャンはカイルの首をやさしく拾い上げ、元の位置に戻した。すると、みるみる体と首がくっついたようで、カイルはすがすがしげに伸びをした。その光景を見て、王太子と騎士たちは震え上がる。


「ば、化け物……!」


「化け物とは心外な。俺は世界樹より産まれ出でし妖精。聖女に付き従い、守護する妖精騎士」


「世界樹の騎士だと!?」


「そう、世界樹の騎士。それは妖精界でも選ばれた者しかなれないという伝説の存在。それがこの俺です。聖女アリア様がエディアス・ラングを守れと俺に命令されましたので。この男を害するというのなら、俺が相手をします。少し油断はしましたが、なに、次はうまくやります」


 カイルの言葉に騎士たちはひるむ。妖精に害をなすと、子孫が滅ぶまで呪われると言う。……どうやら、王太子ゼアキスの側近達は、自分の身を危険にさらしてまでも彼に忠誠を誓っている訳ではないようで、じりじりと後退しはじめた。


「お前ら……!」


「王太子殿下。お引き取りください。先ほども言いましたが、彼女と貴方の婚約は無効です。彼女の婚約者はこの私。命のあるかぎり、アリアに悲しい思いをさせるつもりはない」


「おのれ、ぬいぐるみごときがふざけた事を……!」


 エディアス様の宣言に、王太子は歯ぎしりをした。誰の目にも、姿は小さくとも為政者としての格の違いは明らかで、辺りの厭戦気分は更に強まった様子だった。


「その通り。聖女はお前ではなくこのもこもこを……。おっと失礼、エディアス・ラングを伴侶と定めた。これ以上は、無為に血を流す事になる」


 興が乗ってきたのか、カイルは腰のサーベルをしゃらんと抜いて、切っ先を騎士たちに向けた。カイルが戦った所を見たことがないので、妖精の剣さばきがどれほどのものか不明だけれど、威圧するには十分だったようだ。


「ふ、ふん。今日の所は引き下がってやろう。だが、聖女アリアは俺のものだ。必ず手に入れてみせるぞ!」


 捨て台詞を残して王太子が帰っていったため、私はようやくカーレンから解放された。実は、さっきからずっと私が飛び出して行かないように羽交い締めされていたのだ。



「エディアス様!」


 もつれる足で彼の元にかけより、恥も外聞も投げ捨ててエディアス様に駆け寄ってしまう。だって、私はまだ彼の婚約者なのだ!


「アリア。無事だったかい。よかった」

「エディアス様こそお怪我もなく良かったです。あの、申し訳ありません。私のせいで大変なことになってしまって。こんなことに巻き込んでしまいました」

「来るとは思っていたが……こんなに早いとはな。カイル君が来てくれて、助かったよ」


「ご迷惑をかけてしまいましたけれど……私、嬉しかったです」


 エディアス様は私を王家には渡さないと、はっきりと宣言してくれた。こんなに嬉しい事はあるだろうか?


「もちろん、過去の約束で君を縛るつもりはない。ただの方便だ。この通りの姿だから」

「そんな事、関係ありません……」


 私の時は止まっていたから、見た目も精神年齢も、もうエディアス様と同じではない。けれど、エディアス様は今も昔も変わらず、私を明るい気持ちにさせてくれるのだ。今はただ、彼のそばに居たいと思った。

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