再会④
せっかくの再開に暗い顔しかできない私を、エディアス様はお茶に誘ってくれた。
中庭にはささやかだけれど、白いテーブルセットが何客かあり、カフェテラスのようになっていた。先客はいない。エディアス様は器用に椅子にのぼり、私の向かいにちょこんと座った。
こうして見つめていると、だんだんぬいぐるみの顔立ちがエディアス様に見えてくるから不思議だ。
私の不躾な視線に、エディアス様はぷいと顔をそむけてしまった。
「あ、申し訳ありません」
「ごめん、だんだん恥ずかしくなってしまって。君は綺麗なままなのに、格好がつかないね」
「そんなことは……とても、可愛いと思いますよ。私なんて、髪の毛がおばあさんみたいになってしまって」
エディアス様の茶色の巻き毛と、真っ白になってしまった自分の毛先を見比べる。
「それは白髪ではなくて、銀髪と表現するべきじゃないかな。ほら、絹糸みたいでとてもきれいだ」
「……ありがとう、ございます」
エディアス様はいつも前向きだ。自分にできる事とできない事をしっかりと理解していて、人の気持ちに寄り添ってくださる方だ。
とりとめのない事を話していると、小さな女の子がワゴンを押しながらやってきた。
「おちゃをおもちしました」
「ありがとう」
「はい。聖女アリア様、どうぞごゆっくり」
褒められた女の子はとても嬉しそうに微笑んだ後、礼儀正しく一礼して下がっていった。
こんな小さな女の子も、私の名前を知っている。鏡を見る限り、あまり変わった所もないし、聖女だと顔に書いてあるわけでもないけれど……。そもそも、彼女のような小さい子に、聖女とかマナとか、そういった概念があるのだろうか?
「あの子は、僕の孫のうちのひとりだ。サラと言うのだけれど、緊張して挨拶を忘れてしまったかな」
「孫……」
この屋敷には子供が沢山いる。あの子以外にも、たくさんエディアス様の孫がいるのだろう。何しろ、息子だっているのだから。アルフォンスは沢山きょうだいが居ると言っていたものね……。懐かしい気持ちでいっぱいだけれど、彼には私の知らない人生があった。もう私だけのエディアス様ではないのだ。
「あら?」
そこまで考えて、目の前のエディアス様に視線を戻す。棺に納められていたエディアス様の様子からして、彼が肉体を失ってしまったのは私が封印されてからそう時間が経っていないように思えた。
計算が合わない……?
「……奥様はご健在なのですか?」
おそるおそる、声を潜めてエディアス様に尋ねてみると、彼はおかしそうに笑った。
「奥様? 僕はこれまでずっと、独身だよ」
「えっ……?」
何を今更、とでも言いたげな返答に私は耳を疑った。ずっと独身?
「でも……アルフォンスは、息子だと……それに、他にもきょうだいが……あと、孫」
「それには間違いがない。ただ、血のつながりは誰ともないというだけだ」
エディアス様は結婚せず、身寄りのない子供達を引き取り、自分の子として養育していたのだと聞かされた。
「さっきも言っただろう。五十年間、君の事を待っていた──と」
「……」
「僕がアリア以外の女性を愛することはないよ」
エディアス様はハーブティーを飲むように、私に勧めた。急なことに顔が赤くなって、なにも言う事が出来なかった。申し訳なさと、安心と、喜びと、戸惑い……いろんな感情が、頭の中で渦を巻いた。
「ああ、そんな顔をしないでくれ。そうだな……意地みたいなものさ。君が使命を終えるまで、絶対に生き抜いてやるぞ、と自分に発破をかけるためのまじないのようなものだ」
エディアス様は立ち上がり、私を手招きした。
「君に見せたいものがある」
「……この先に、何があるのですか?」
私は静かに、廊下の真ん中を歩くエディアス様についていく。
「さっきよりは、衝撃が少ないと思うよ」
「それならいいのですけれど……先ほどの出来事よりショックな出来事にはもう二度と遭遇したくないです」
「まったくだね」
案内されたのは、屋敷の離れにある礼拝堂だった。
「どうして私をここに?」
礼拝堂は静謐な空気に包まれており、ステンドグラスから差し込む光が美しい。
「あ、アリアさまだー」
「すごーい、ほんものだ!」
「そっくり!」
礼拝堂の中に居た子供達が振り返り、駆け寄ってきたかと思えば私を取り囲む。
「聖女様は長旅でお疲れだから、お邪魔をしてはいけないよ」
「はーい!」
優しげなエディアス様の牽制に、子供達は手を振りながら去って行った。
「彼女たちは何を見ていたの?」
エディアス様は無言で祭壇を指さした。近寄ってみると、そこには一枚の絵があった。そこに描かれている女性は……。
「これ、わ、私?」
よそゆきの笑顔で微笑む女性……多少美化されてはいるけれど、紛れもなく私だ。
「そう、君だよ。驚いたかい?」
私は肖像画の前で呆然と立ち尽くしていた。なぜ私の絵が存在して、礼拝堂なんて場所に飾られているのだろう? 絵のモデルになった記憶は、ただの一度もなかった。
「ええ、本当に……どうして?」
「これはね、僕に何かあっても、君がここを訪ねてきた時に皆が分かるように飾っておいたんだ。……まだ死ぬつもりはないけれど、いつ術の効力が切れてしまうかわからないからね」
なんだか非常に気恥ずかしい。だから皆、私が「アリア」だとすぐに分かっていたのだ。
「道理で、何処にいても私の事がバレているはずだわ……」
「親がいない子には、聖女アリアを母と思いなさいと言い聞かせてきたからね。実際に「お母様」が目の前に現れて、甘えたくてうずうずしている子も沢山いるだろうね」
と、エディアス様は苦笑した。私にはそれに当てはまる人物を知っている。
「じゃあ、アルフォンスが言っていたお母様って……!」
「それは彼なりの遠回しなネタばらしのつもりだったのではないかな」
「だ、騙された……!」
アルフォンスは言っていた。母は素晴らしい人です、父が母を愛するのも当然です……。
「は、はやく、私、バカだから……もっとはっきり、言ってくれれば良かったのに。なんだか、色々……そのことについて、色々考えてしまっていたので」
羞恥で顔が赤くなる。さっきから体が熱くて、変な汗ばかりかいている。私はひっかけに騙されて、存在すらしていないエディアス様の妻に嫉妬心を抱いていたのだ。なんて馬鹿なんだろう、今も、昔も。
「勝手に僕の願望を押しつけて、申し訳なかったね。アルフォンスにも、言動には気を付けるように言っておこう」
エディアス様は照れくさそうに笑った。
「いえ……それはもう、いいのですけれど……」
エディアス様が正真正銘私を待っていてくれた事と、歓迎してくれる人がこんなにも沢山いた事、彼の五十年分の苦労を分かち合う事が出来なかった事──色々な感情がわき上がってきて、目覚めてから初めて、涙がぼろぼろとこぼれ落ちてきて、止められなかった。
うずくまって泣く私に、エディアス様は初めて会ったときと同じように、ハンカチを渡してくれた。
「今日はもう遅いから休んで。明日、領地を見て回ろう」
「……、は、い……っ」
「これから報告を受けるが……きっと、不愉快な事が沢山あったろうね」
エディアス様は昔よくしてくれた様に、私の頭を撫でた。私はただひたすら、子供のように泣きじゃくった。
「婚約の約束は、果たせないけれど……いつまでも、君の心が休まるまで、ここに滞在してほしい」




