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アリアとシェミナ①

「そんなの聞いていないわ!」


 部屋じゅうに、シェミナの甲高い叫び声が響き渡った。


 古ぼけた古文書から導き出された答え。


 聖女とは、世界樹が発芽するために苗床になる存在。世界樹が発芽するまで、生きるための全てを種子にささげ、じっとマナの泉で封印されなければいけない。


 それはおおよそ、五十年前後かかると推測されること。


 研究者たちの調査結果に、私達は言葉を失った。


「私が聖女なんて、おかしいじゃない! ねえ、王太子様、私、間違っていると思います」


 シェミナの取り乱し様は、未だかつて見た事のないものだった。シェミナは泣き喚き、私はどうすればいいのか分からずに立ち尽くすしかなかった。


「伝承では、聖女は発芽まで世界樹の種を体内にとどめ、その間眠りにつく……とされている。しかし、今代の聖女が二人いれば発芽までの時間を早める事が出来るだろう。これは勅命だ。アーバレスト家の二人の聖女には、予定通りに任務についてもらう」


「……」


 二人の王子の父である、国王の言葉にだれも逆らう事が出来なかった。もうそうするしかないのだと、事実を突きつけられ、体中の血が真冬の水の様に冷たくなっていく。


「エディアス様……」

「申し訳ない、僕には……聖女になんてならなくてもいい、とは言えない……」


 エディアス様の表情には、苦渋の色が浮かんでいた。彼はこの国をまとめていく王族としての責務がある。マナがなくては国は荒廃する。


 私をラング領に連れて行くことは国への反逆だ。私が逃げこんだとしたら、エディアス様はかばってくれるかもしれない。けれど、それは国に対する裏切り者として、一生涯後ろ指をさされて生きるのと同義だし、無関係な人々にも累が及びかねない。


「君が目覚めるまで、僕は待つ。人生が終わるわけじゃない……」


 もっと早いかもしれないし、遅いかもしれない。どのくらいの時間がかかるのかは、世界樹だけが知っている。けれど、エディアス様は私を待つと言ってくれた。


「いやよ! どうして私がそんな目に遭わないといけないの?」


 私の横で、シェミナはまだ泣いていた。


 シェミナは美しい。艶やかな亜麻色の髪は日の光を受けてきらきらと輝き、白い肌。大きな瞳に長いまつ毛、通った鼻筋。彼女はとても美しくて、いつも世界の中心にいた。それは、今もだ。


「ああシェミナ、何て気の毒な娘だ、そんな目に遭わせるために産んだわけではないのに……」


 父が震えるシェミナの肩を抱き寄せる。皆がシェミナの事を気の毒だと言ったけれど、私には悲しむ権利も与えられていなかった。


「家から聖女が二人出る事はめでたいが……もっとアリアの出来が良ければ違う未来もあっただろうに」

「いやよ、私、聖女になんてなりたくない! どうして、姉さんがちゃんとしてくれなかったのよ!」


 私を見つめるシェミナの顔は真っ青で、反対に父の顔は憤りで真っ赤だった。二人にとっては不出来な私が一家の幸福を邪魔する不届き者、だと言うのだ。



 聖女は使命を全うせよ。王の勅命が出た後も、どうすべきか答えは出なかった。


 シェミナはのらりくらりと、やり残した事があると言って、眠りにつくのを引き延ばしていた。


 ──私だって、普通の女の子のように恋をして、結婚して、子供をつくって、穏やかに老いていきたい。私だって、聖女にはなりたくなかった。



「アリア。もし、もし、本当に……君が、聖女になりたくないと言うのなら、僕は……」


 エディアス様は言葉に詰まった。願望と、やっていい事には剥離があるものだ。感情に身を任せると、全てがめちゃくちゃになる。


「……そんなこと、できません。ありがとうございます……そのお言葉だけで、十分です。私との話は、無かったことに……」

「アリア、待ってくれ!」



 私はエディアス様から送られた指輪を突き返し、呼びかけを振り切ってその場を離れた。彼は待つと言ったけれど、実際問題として、そのようなわけにはいかない。


 最初から、私はエディアス様の人生には組み込まれていない人間だったのだ。



 与えられた私室で一人、絶望に泣き濡れていると、シェミナが静かに部屋に入ってきた。


「姉さん。少し話があるのだけれど──私達、これからの事について考えなきゃいけないわ」


 と、シェミナは重苦しい口調で切り出した。


「……そうね」


 久しぶりの会話だった。私たちは連れだって、世界樹の神殿に向かった。石造りの建物はひんやりとしていて、まるで生命を失った後に納められる棺のようだった。


 神殿とは名ばかりで、立派な外観とは裏腹に、中は広い空間があるばかりで、中心部にはぽっかりと穴が空いていて、そこからぼんやりとしたうす黄色の光が漏れ出していた。


 ──マナの光だ。


「この穴の下に、マナの泉があるのですって。聖女はこの中に浸かり、世界樹の種子を体内で育てる」


 シェミナは床に跪き、下をのぞき込むような仕草をした。


「危ないわ」

「姉さん、聖女の仕事がやりたくないから、そんな事を言うんでしょう」

「そうじゃないわ……」

「ほら、見て。ここからだと、世界樹の種子がよく見えるの。綺麗……」


 私は疑いもなく、シェミナの横で屈み込み、泉の底を眺めた……次の瞬間、衝撃が襲った。シェミナが、私を突き飛ばしたのだ。

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