アリアとエディアス③
エディアス様の管理するラング領──ろくな作物が育たないため、管理する貴族がおらず王家の管理になっている土地──そこから、世界樹の種が見つかった。
世界樹は地中深くに眠るマナを吸い上げる存在だ。人間は世界樹からにじみ出るマナを動力源として魔術を行使し、大地から発生する瘴気を浄化し、生活を営む。世界樹のあるところに人間が集まり、それを中心として国が出来る。
けれど、世界樹は枯れる。徐々にマナが少なくなり、魔法を使える人間の数が減少してゆき、大地は荒れる。しかし、世界樹は数百年単位でふたたび大地に産まれる。鉱石が長い年月をかけて結晶を作るように、世界樹もまた、死すとき大地のどこかに自分の種を残し、人間は再びそれを探し出してまた国を作る。
私達が生まれたのはちょうど世界樹が枯れ始めた頃で、地中から掘り出される世界樹の種を貴族達は血眼になって探していた。
それが、とうとう見つかったのだという。しかもまだ発芽前のため、種を移動させる事ができる。それは千年前にこの国が建国されて以来、初めての事だった。
「世界樹の種を発芽させるには、聖女が必要だ。国民の中から、選定が始まるだろう」
父は機嫌良く、友人達を招いて祝宴を開いた。私はその時、聖女がどうなるかは分かっていなかったし、そもそも魔力のある人がなるものだろうと、自分には何の関係もないと思っていた。
「聖女を探すために、国中の若い女性全員が検査を受けるのですって。アリア姉さんには関係のないことなのにね」
パーティーの主役として豪勢に着飾ったシェミナは、鈴を転がすような美しい声で笑った。
「……そうね」
「でも、元々の魔力があるかないかは関係がないらしいわ。……もしもよ。姉さんが聖女だったら、どうする?」
「……務めを果たすわ」
「えらいわ! まあ、姉さんが聖女なんてあるはずはないのに、真面目に答えるなんて。やる気十分ね」
シェミナは一際大きな声で、私をあざ笑った。けれど、特に気にはならなかった。世界樹の事も、聖女のことも、シェミナの結婚相手も、私には何の関係もないと安心しきっていたから。
程なくして、シェミナが世界樹の聖女に選ばれたと連絡が入った。
「よくやった、シェミナ。お前は家の誇りだ」
父も、公爵家も、総出で喜び、祝杯をあげた。当たり前だ。王子の寵愛を受けているうえに、聖女に選ばれる。アーバレスト公爵家は、王国が続く限りの繁栄が約束されたのだ。この世の春とばかりに浮かれた空気の中、再び研究所からの使者がやってきた。
「お待ちください。追加でアリア嬢の検査結果が……」
彼が手にしている紙を見て、父が血相を変えた。
聖女は一人ではなかった。なんと、私にも聖女としての才能があるとの判定が出て、私とシェミナは聖女としての務めを果たすため、一時的に王城へと引っ越すことになった。
「本当、アリア姉さんって運がいいわよね」
「そうかしら」
「そうよ」
王城に向かう馬車の中。シェミナが不機嫌そうに鼻を鳴らしたので、私は曖昧に微笑むしかなかった。
「メイドの子供なのにお父様に認知されて、屋敷に住まわせて貰って。私の姉だったから詳しい検査を受けられて、聖女として補欠合格して。とても恵まれていると思うわ」
その認識は、正しくない。けれどシェミナからすると、それが世界の真実なのだった。
聖女としてお城に迎えられたシェミナは自由気ままに振る舞い始めた。王太子との仲も順調で、彼女は自分の時間のほとんどを逢い引きや貴族との交流に使っていて、世界樹そのものにはまるで興味を持っていなかったけれど、それは誰も気に留めていなかった。
私は相変わらず、聖女のおまけ、もしくはスペアとして、空気のような扱いを受けている。
「王太子様、今日はどちらへ行かれますの?」
「シェミナ、君の行きたいところならどこでもいいよ」
「では、庭園をお散歩したいです」
「もちろん」
シェミナと王太子ホアキンの二人が親交を深めている間に、私は世界樹の種の様子を見守っていた。なにしろ記録が残っているのは千年前と、四百年前だ。地中で濃縮されたマナの結晶──世界樹の種を発芽させる為には、それと調和する魔力を持つ聖女が必要だ。
そこまでははっきりしている。けれど、それをどうしたらいいのか、という記載については、まだ解析途中で、はっきりとした手順は示されていない。ただ、世界樹を発芽させた後の聖女が国の要職に就いた事がわかるのみだ。
「国のマナはあと八十年程度で枯渇するだろう。世界樹が発芽し、成長するまでにいったいどれほどの時がかかるものか……」
明るい日差しの差し込む図書室で、エディアス様が顔をしかめた。王城に聖女候補として詰める事になってから、必然的に王族であるエディアス様と顔を合わせる事が増えたのは、嬉しい誤算だった。
「研究者たちが総出で研究しているが、文献がそろっていないんだ」
「戦争や災害で流出してしまったのでしょうか?」
「わからない。なにぶん昔の事だからね」
二人で顔を突き合わせても、よい答えは出なかった。世界樹の研究は、暗闇で灯りもなく歩くようなものだ。けれど、私にとっては同じ気持ちを共有できる尊い時間だった事はたしかだ。
「あら、お二人で何をされているの? 駄目よお姉様、表向きでも淑女のフリをしないと……」
ふらりとやってきたシェミナのからかいには、少しばかり図星だったので反論することは出来なかった。
「世間に恥じるような事はしていないわ。世界樹について考えているのよ」
──自分はもっとふしだらな事をしているのを、私が知らないとでも思っているのだろうか?
「でも、お二人は魔力がないのだから、素人でしょう……ごめんなさい、それしかすることがないのですものね」
「……シェミナ!」
私の事はともかくとして、王太子の後ろ盾と聖女の身分を得たシェミナは、私に優しくしてくれるエディアス様の事さえ小馬鹿にするようになっていた。
「あら、そんなに怒らないで。それでは、聖女について分かった事があれば、あとで教えてね」
花と花の間を飛び回る蝶のようにきらびやかなドレスの裾を翻しながら去ってゆく背中を見つめながら、ため息をつく。
「申し訳ありません、妹が」
「いや。調査が難航しているのは確かだ。……彼女は弟に影響されているんだろう」
いえ、元からです──そんな軽口を叩きたくなるのも、エディアス様の魅力だ。私は彼がいると、急に気が大きくなるのだ。その点ではシェミナの事をどうこう言えない。
「早く世界樹が発芽してくれればいいのだが。この城での生活はまったく面白くない」
「同感です」
エディアス様は、愉快そうに笑った。品行方正なエディアス様がごく稀にもらす本音が私は好きだった。
「でも……」
「でも?」
「聖女の役目が終われば、もうお会いできないと思うと、残念です」
自分でも、なぜ、そんなことを口走ってしまったのかわからない。沈黙に、全身がかあっと熱くなる。
「失礼いたしました。どうか、今の失言はお忘れくださいますよう……」
「アリア」
エディアス様は私の手を取った。私は俯いていたので、彼の真剣な瞳に、その時まで気が付かなかった。
「何年後かは分からないが……この仕事が終わったら、ラング領に、ついてきて貰えないだろうか」
エディアス様は、私を妻として迎えたいと言ってくれた。
「公爵夫人としての教育も受けていませんし……貴方にはもっと相応しい人がいます」
「アリア。君がいるだけで、僕は頑張ろうって気持ちになれるんだ」
そう思える相手がいる事は、ありふれているようで奇跡のような確立だと、エディアス様は言った。
「ありがとうございます……私でよければ、命の限り、何処へでもついていきます」
「お礼を言うのは僕の方さ。これからは、ずっと共に居よう」
エディアス様は私の指に、輝く指輪を嵌めてくれた。私の貧相な手には大仰すぎたけれど、その気持ちがとても嬉しかった。
エディアス様がそばにいてくれれば、私は幸せになれるかもしれない。そんな風に思い始めていた矢先、世界樹に関する研究結果が、王宮全体を揺るがした。




