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アリアとエディアス②

 いつの間にか、エディアス様がサンルームを出て、私の前に立っていたのだ。


「だ……大丈夫です。私のような者にはお構いなく。どうぞ、お茶が冷めてしまいますのでお戻りください」

「僕は、ただのお目付役だから」


 王子が公爵令嬢に熱を上げて、二人きりで会おうとしているのはよろしくないと、エディアス様はホアキン様の付き添いでやってきたのだと言う。


「今頃二人も、僕が君を追いかけていったから二人きりになれて満足しているさ」


 そうか、彼は弟のために席を外したのだ。その話は、私を哀れんだというよりはそっちの方がずっとしっくりときた。


「そんな事より、早く冷やさないと。井戸は?」

「あ、向こうに……」


 エディアス様は私のやけどしていない方の手を引き、井戸から冷たい水を汲んでくれた。


「よく冷やさないと。水ぶくれになってしまうと痛むからね」

「ありがとう……ございます。私なんかのために……」


「家庭の事情は知らないが、自分を卑下するのはよくない」


「私が悪いんです……シェミナみたいに美しくもないし、魔力もなくて、公爵家の役に立たないから」

「それなら僕も一緒だ」

「え?」


「僕も魔力がない。しかも第一王子として生まれたのに、だ」


 エディアス様の瞳は凪いでいる海の様に深い蒼をしていた。けれど、口にした言葉は穏やかではない。


 マナを操る魔力がないものは、王位を継承する事ができない。──建国当初からの取り決めだ。


 彼に課せられた運命は、私よりずっと残酷なのだ。


「僕はこの国の第一王子であるけれど、弟のような才能はない。王になりたいわけではないが、それでも自分の無能さが許せないときもある」


 エディアス様は自嘲気味に笑った。そのお姿を見て、どうしてだか自分の事より胸が苦しくなった。


「エディアス様はとても優秀な方だと伺っています。私は……そもそも、何も出来ませんから、殿下とはまた、違います」

「そんな事はない。美味しいお茶だった」


 ふわりと微笑まれて、手よりも頬が熱くなった。


「……顔が赤い。熱があるのでは?」

「い、いえっ。なんでもありません」

「僕は魔法が使えないから……今は、こんなものしかないけれど」


 エディアス様は、懐から取り出したハンカチを井戸水に浸して、火照った頬を冷やすように勧めてくれた。


「殿下のハンカチなんて、恐れ多い、です」

「せっかくびしょ濡れになったのに、役目を果たせない方がかわいそうだ」

「……それでは、ありがたく使わせていただきます」


 ひんやりとした感触は今でも思い出せるし、エディアス様と話していると、まるで、世界が色を変えたように感じられたものだった。



「それでは、何か困った事があればいつでも」


 エディアス様は弟のホアキン殿下に呼ばれて、風のように去ってしまった。一人になって、今のは自分に都合の良い夢ではなかったのではないか、と思う。


 けれど、手の中には、確かに彼のくれたハンカチがある。


「アリア姉さんったら、だらしない顔しちゃって。まさか王子相手に本気になってしまったの? あの方は誰にでも優しいのよ。ま、エディアス様も魔力なしだから、アリア姉さんが自分に重なってよりみじめに見えたのでしょうね」


 シェミナの耳に余るような侮辱も、その日はまったく気にならなかった。


 たとえ同情でも、全ての国民に示される優しさであったとしても、優しい言葉をかけてくれたエディアス様は、私に強烈な印象をもたらした。


 もう会えることはないと思っていた。私がお城のパーティーに行くなど、ありはしないのだから。思い出になれば、それで十分だった。


 しかし、彼との再会は、思いの他早くやってきたのだった。

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