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聖女の目覚め

新連載です。よろしくお願いします。

「なんと、神々しい……」


 見知らぬ男性の声で、私は意識を取り戻した。


 重いまぶたをゆっくりと開く。ぼやけた視界の先には、まるで氷で作られたと錯覚してしまいそうな、青みのある石の床。……見覚えがある。「あの時」と同じ場所。


「世界樹の種が発芽した。これでこの国も安泰だ」


 ──ああ、やっと世界樹が目覚めたのね。


 見知らぬ誰かの言葉に、一人納得する。


 世界樹。地中深くを流れるマナを吸い上げ、大気中にそれを発散する存在。

 人間は体内にマナを取り込む事によって魔法を行使することが出来る。


 それによって大地を汚染する瘴気を浄化し、文明を発展させてきた──世界樹とはまさに、人類に恵みをもたらす繁栄の象徴だ。


 生活を支える魔力の糧となるマナがなければ、全ての生命は生きてゆく事ができない。


 私は「聖女」としてその種子を管理……正しくは発芽させるための「苗床」としての任務に就いていた。


 しかしその役目も、どうやら今日で終わったようだ。途切れ途切れ、ぼんやりとした意識の中でも体の中にあった熱い魔力の感覚は、すっかりなくなっていた。


「世界樹が枯れてから八十年。国に備蓄されたマナがなくなる前に次の世界樹が復活して、本当にめでたい事だ」


 喜びに満ちあふれた声が神殿じゅうに響き渡り、人々は涙を流しながら抱き合っている。彼らは世界樹の復活に立ち会えた喜びを享受するのに忙しく、床に転がったままの私の事なんて、誰も見向きもしない。


「さっそく調査に取り掛かれ。母上にも報告せよ」

「はっ」


 命令を受けた何人かは一斉に立ち上がり、ぞろぞろと部屋を出ていく。残った人々が、床に横たわったままの私の体を取り囲んだけれど、起き上がるために手を貸してくれる人は誰もいない。


 冷たい目で私を見下ろす人々。その中から一際豪華な服に身を包んだ男性──きっと彼が現在の王だろう──が身をかがめ、私の顔を覗き込んだ。


「アリア・アーバレスト」

「……は、い」


 はっきり返事をしようと努力はしたけれど、喉の奥から絞り出したような掠れた音が漏れ出ただけだった。


「五十年の長きにわたり、世界樹の種子の管理、ご苦労であった」

「……お褒めにおあずかり……光栄です」


 何とか言葉を捻り出すことには成功したけれど、体はまだ床に倒れたままだ。彼の言葉によると、私が世界樹の神殿に封印されてから五十年が経過していたらしい。


 ……五十年。殆ど意識がなかったために体感としては一瞬だったけれど、現実、あまりにも長い時間だ。


「さて、聖女よ」

「……はい」


「お前には褒美として、王太子妃の地位を与えよう」


 この国の王は、唐突にもそんな事を言い放った。まっすぐな瞳で、どうだ嬉しいだろう──とでも言いたげだ。


「……え?」


「これは我が母、シェミナの厚意による取り決めである」

「シェミナ……」


 その名前を忘れるはずもなかった。私を裏切って、マナの泉に置き去りにしたもう一人の聖女。王が彼女を母と呼ぶ。つまり彼女は「あの後」王子と結婚して王妃となり、子を授かったのだろう。


「王太后だ。今は非常時につき不敬を許すが、国母を呼び捨てにする事は許されぬ、身分をわきまえよ。聖女の役職は世界樹が発芽するまでの事。すでに事が成された今となっては、ただの平民と同じだ」


 王がそう言い放った。……私は聖女になった時、公爵令嬢の身分すら失ったらしい。王の冷たい視線は、私が気に入らない事を隠すつもりもないと言う事だろう。


「せっかくシェミナ様が使い終わった聖女を王家に迎え入れてやると言っておるのだ。ありがたく縁談を受けるように」


「え……あ……」


 王の側近はまるでお前の反抗的な態度が悪いとでも言いたげだ。そんなつもりはないけれど、どうしても口や顔の筋肉がうまく動かないし、何より彼女が──シェミナが、親切心や感謝の気持ちから私の嫁ぎ先を用意してあげようだなんて事を考える人間ではないことは、私が一番良く知っている。


 黙りこんでいると、王は苛立ちを隠さない舌打ちをした。


「愚鈍な女だ。このような奴を王家に引き入れようなどと、母上は一体何をお考えなのか……とにかく連れて行け」

「はっ」


 命令を受けて、近衛騎士の一人が私の体を乱暴に引き起こした。


「痛っ……!」


 肩が外れそうなほど、強烈な痛みに思わず悲鳴を上げてしまう。その声に戸惑った騎士達は一瞬眉間にしわを寄せたが、王の命令を思い出したのか、すぐに表情を戻して私を引きずろうとする。


「ほら、さっさと立て!」

「ま……」


 硬い鎧に覆われたつま先で小突かれて、何とか起き上がろうとした、その時。


「──お待ちください!」


 銀色の鎧の向こうから、聞き覚えのない声がした。

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