ペコロスのデート3
「それは、きっと期待を裏切られたからでしょうね」
「………期待…ですか?」
ティーカップをテーブルの上に戻してエスティ・アイデンは静かに頷く。
鳥のさえずりが聞こえる朝の庭園で、私は王妃と朝食を共にしていた。毎週木曜日に「女たちの会」と称して開催される私とエスティの逢瀬も、今日でもう十回目になる。まだ寒さが続くので、足元には温かいブランケットを掛けていた。
エスティ王妃の健康状態はかなりの回復を見せた。ルイジアナ経由で彼女の妹を紹介してもらい、北部で自生する薬草を調合した薬を飲んでみたところ、身体に合っていたということだった。
今週あったことを報告する中で、エリオットにイタズラしたところ機嫌を損ねてしまった、と伝えるとエスティは少し目を丸くした後で期待という言葉を口にした。
「貴女はエリオットをデートに誘ったのでしょう?」
「ええ…まぁ、そうですけど……」
「ではきっと期待した内容ではなかったから拗ねたのです」
「そんなこと、彼に限ってあるのでしょうか?」
「あの子も人間ですからね。貴女とデート出来ると思って張り切って出掛けたら、公爵の魔獣に求愛されたとあっては流石にショックを受けると思うわ」
「………そうなのですね」
しゅんと反省していたら、エスティが小さく「噂をすれば」と呟いた。
目をやると建物から出て来たエリオットがズンズンとこちらに向かってくるのが見える。まだ授業の時間には早すぎるし、いったいどうしたのかと私は身構えた。
「母上、外で朝食を取るなどお身体に障ります」
「たまには良いでしょう。この時間は男子禁制ですよ」
「アリシアと話をさせてください」
「我慢なさい。木曜日の昼時まで私は彼女の時間を借りているのです。将来の娘との貴重な交流ですよ」
サラッと嬉しい言葉を掛けてくれるから、私は改めてエスティに惚れ直してしまう。クールな彼女の飾らない態度に私はとても好感を抱いていた。
「彼女は将来の僕の妻でもある」
「………、」
凍えるようなエリオットの瞳を、エスティは物怖じしない様子で見据える。似た顔の二人が向かい合って睨み合う姿に、私は自分がどういった反応を示すべきか悩んだ。
しかし、その重苦しい沈黙も長くは続かず、王妃は溜め息を吐いて「時間は有意義に使いなさい」と言い残してその場を去って行った。メイドたちがテーブルの片付けに入るのを横目に、私もエリオットに手を引かれて王宮の中に引っ込む。
連れて行かれたのは彼の自室で、例の如く私たちは細長い机を挟んでソファに座った。
(……うう……気不味い…)
しかし、エスティの推測が本当ならば私はかなり失礼なことをしてしまった可能性がある。鬼教官への仕返しとばかりに思い付いたイタズラだけど、謝罪の必要はありそうだ。
「あの、エリオット様」
「前から思っていたんだが、」
「……はい?」
「君はどうして俺のことをいつまで経っても他人のように呼ぶんだ?何かの嫌がらせか?」
「なっ!そんなつもりはありません、王族の方なので尊敬を込めてお呼びしているだけです!」
「尊敬する相手を君は魔獣の涎まみれにするんだな?」
「………ごめんなさい」
彼の怒り度合いが計り知れず、私は泣きそうになりながら謝罪の言葉を述べる。いや、正直少し涙は出ているかも。
「あー違う、泣かせたいわけじゃないんだ」
「………?」
そのまま黙り込むから、私は思わず尋ねた。
「殿下…デートがしたかったんですか?」
エリオットは少し困惑した顔を見せてこくんと頷く。
私はエスティの読みの正しさに感心しながら、少しホッとして微笑んだ。さすがのお母様はすべてお見通しだったようだ。
緩んだ私の頬の上に冷たい手が添えられる。
私は瞬きを止めてそのグレーの双眼を見つめた。
「アリシア、名前で呼んでほしい。あと…次は君と何処かに出掛けたい。魔獣ではなく人間の姿で」
大真面目にそう言うから私は噴き出した。
「ごめんなさい…おかしくって、」
「妨害魔法なんて教えるんじゃなかったな」
「私からも一つよろしいですか?」
「ああ…なんだ?」
「過去じゃなくて、今の私との未来を見てください」
「………、」
「私はここにいます。貴方の隣に、ずっと」
エリオットはわずかに目を細める。
温かな手のひらが頬の上を滑った。
「そうだな、目が離せなくて困る」
重なった唇から確かな熱が伝わる。その短い口付けの後で、私たちは赤くなった顔を見合わせて笑い合った。
私はこれからも彼の隣で見届けたい。
不恰好で不慣れな恋の行く末を。
End.
これにて完結です!
よろしければ評価などいただけたら嬉しいです!
新たに『あなたは優しい嘘を吐いた』というファンタジー寄りの恋愛を投稿しているのですが、びっくりするぐらいブクマが付かないので気が向いたら読んでみてください。(あと数話で完結します)
ご愛読ありがとうございました!




