ペコロスのデート1
どんよりとした雲は姿を隠し、久しぶりに晴れたある冬の日。
私はお気に入りのアイスブルーのドレスの上に温かい毛皮のコートを着込んで上機嫌だった。時々揺れる車内で、隣に座る王太子殿下は険しい顔で私を見ている。その視線に敢えて気付かないフリをしているのは、意地悪だろうか。
「アリシア、」
何も説明しない私を責めるようにエリオットは口を開いた。
「なんでしょうか、エリオット様?」
「良い加減どこに行くのか教えてくれないか?君がデートというものをすると言うから付いて来たわけだが」
「ええ。殿下にデートしてほしいので、今日はニケルトン公爵のお屋敷へお邪魔しようと思ったのです」
「………ニケルトン公爵?」
不思議そうに首を傾げた彼の向こうに広がる壮大な庭を見て、私は車が公爵家に入ったことを知った。悪巧みが顔に出ないように気を付けて、膝に置かれたエリオットの手を取る。
「エリオット様、一つお聞きしたいのですが…」
「どうした?」
「魔獣になっている間はお喋り出来ないのですか?」
「そうだな。変身の方でだいぶ魔力を使うから、人間のように言葉を交わすことは出来ない」
「……そうなのですね。あの、殿下さえよろしければ、私はもう一度ペコロスに会いたいのです」
「まぁ…構わないが、」
スリスリと手の甲を撫でながらお願いすると、エリオットは少し照れたような顔をして簡単に承諾してくれた。
私はもう笑い出しそうな気持ちを強い忍耐力で制して、なんとか穏やかな顔を作って小さな魔獣の身体を抱き寄せる。昨日は随分と痛い目に遭わされた。
なんでも「妨害魔法」という相手が魔法を使うのを封じる魔法を習得する訓練だかで、エリオットは私が泣き出すまで鬼教官となって指導を続けた。ついこの間までパソコンと向き合っていただけの私にいきなり魔法使いになれ、なんてそもそもが無理のある話だ。
加えて、勉強となると変なスイッチが入るエリオットはやはり圧倒的に飴が足りない。最近では授業と称した訓練のあとで課題まで出して来る始末。鬼オブ鬼だ。
お陰様で習得出来た妨害魔法を、私は今日披露しようと思う。
「アリシア!わーアリシアだ!」
「あそぼ!あそぼー!」
玄関に到着すると先に着いていたロムルスとレムスが飛び込んで来た。魔獣を落とさないように注意しながら、私は小さな二人のことを抱き締める。
後から姿を現したマグリタは、私たちを屋敷の中へ入るように促す。双子と一緒に連れ立って向かった先には、久しぶりに目にするグレイ・ニケルトンと市場で物売りをしていたロージナが居た。
「ロージナ!」
驚いてその名を呼ぶ私に向かって、マグリタはロージナが今はニケルトン公爵家で掃除婦として働いていることを教えてくれた。彼女の年齢を考えると、不安定な物売りよりもお屋敷勤めの方が絶対に良い。
そういえばエリオットは市場の取り締まりや出店料に関しても再検討すると言っていたし、いつか出会った姉弟も昔よりは良い環境に居ると良いけれど…と私は過去の記憶を遡る。
お互いの近況を話し合っていると、ギィッと扉が開く音がしてクロノスが部屋に入って来た。彼が連れている魔獣を一目見て、腕の中のペコロスが一瞬身動いだ。
「アリシア、久しぶりだな。今日はピーパラと君の魔獣のデートをすると聞いたが、少々張り切りすぎたかな?」
ピーパラは太い首周りに可愛らしいピンク色のリボンを巻いている。クロノスがおしゃれさせてあげたのだろう。
震え出したペコロスをギュッと抱き締めて、私は彼にだけ聞こえるように、その小さな耳元で囁いた。
「エリオット様…私の妨害魔法の効果はどうですか?」
楽しい楽しいデートは始まったばかり。
私は嘘は吐いていない。
ただ、デートの相手は私ではないというだけで。




