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飴と鞭の配分3



 三回目のノックの後で、部屋の主は入室の許可を与えた。


 私はすり足で部屋の中へと足を踏み入れる。

 広い部屋の中には綺麗に整えられた本棚やベッドの他に、彼自身が腰を下ろす一人掛け用のソファ、そして机を挟んで来客用の長いソファが置いてあった。


 執務はまた別の部屋で行うのだろうか?

 これだけ部屋が多い王宮だからその可能性は大きい。



「こんにちは…?」


 呼び出されたことへの疑問から語尾が上がり気味になった。窓の外は薄暗くなって外の世界が夜に向かっていることを知らせている。


「急に呼び出してすまない。確認することがあった」

「いえ。特に用事もないので大丈夫です」


 勧められるままに対面する形で座る。エリオットがあまりに重々しい空気を纏っているので、私は少し恐ろしくなった。もしかして彼は私の魔法が上達しないのを理由に「君を愛することはない!」とか言い出すのでは。


 それともなんだろう。

 実は犬猿の仲に近いニコライの存在を意識するあまりにちょっと男色的な気持ちに気付いたとか?


 止まるところを知らない私の妄想が大きくなるのを他所に、エリオットはその冷たい色の瞳をこちらに向けた。



「君は、俺のことをどう思う?」

「え?」


 びっくりして言葉に詰まった。

 何をいきなり。


 しかし、ここで黙り込むのは失礼なので私は脳をフル回転させて、この場で求められている最適な答えを弾き出そうと考えた。彼が聞きたい言葉は何なのか。


「そうですね……やはり殿下は王太子なので品格がおありですし、魔法の扱い方も上手です。教師としてはちょっとスパルタが過ぎるところはありますが…まぁ、愛の鞭だと思えば問題ないかと…」

「そういうことを聞いているわけではない」

「あ、見た目のお話ですか?もちろん、それは素晴らしいと思いますよ。侍女たちも皆、殿下は年齢を重ねるごとに凛々しく逞しく成長してらっしゃると……」

「違う」


 私の言葉を遮るように手を上げると、エリオットはどういうわけかその手を自分の額に当てて考え込むような仕草を見せた。


 今日のエリオットはどうしたのだろう。

 どう思うと聞くから、素直な評価を伝えたのに、なぜかそれでは物足りないような反応をする。私の答えでは不十分だったのだろうか。


 それならば、彼はいったい何を聞きたいと?

 追求しようと私が身を乗り出した時、エリオットが顔を上げた。



「………っ!」


 吐いた息が掛かりそうな距離で灰色の瞳が私を射抜く。


 慌てて引き下がろうとしたら、大きな手はそれを拒むように私の腕を引いた。彼の白いシャツに顔を押し付けた状態で、私は心臓が爆発するのではないかと怯える。


 だって、こんなのどうしたら良いの。

 吸い込んだ空気は甘い香りがして、脳が麻痺しそうだ。



「アリシア…乱暴な真似をしてすまない。君と顔を合わすとどうにも上手く話せなくて、良ければこのまま聞いてほしい」


 私はブンブンと首を縦に振る。

 肩越しに見える棚の上には、部屋に似付かわしくない鮮やかな色のリボンが丸められて置いてある。それは、私が旅の途中でペコロスに与えたものだった。クッキーの袋に付いていたリボンを小さな魔獣の首に巻いた記憶が蘇る。


 あの時は鳴いて嫌がっていたのに。

 本当に、正直じゃないと思う。


 それはたぶん、私自身も。



「俺が君の隣に居るための許しをくれないか?」

「ゆ…許しですか?」

「アリシアの気持ちが知りたい」


 咄嗟のことで戸惑いながら、私は勇気を振り絞る。


「エリオット様の、こと……を」

「うん?」

「好き……に…なりたいと、思っています」


 一生分の気合いを入れて吐き出したのは今の私の精一杯で、恥ずかしくなって黙り込む私の上でエリオットは小さく吹き出した。私は恐々と顔を上げてみる。


「そうか。まだ、かなり努力する必要があるな」

「ごめんなさい…私も初心者なので、」


 しどろもどろに答える私の髪をくしゃりと撫でて、エリオットは笑った。


「良いんだ。時間はまだたくさんある。これから時間を掛けて教えてほしい、君のことを」

「あ……それでしたら、私から一つ要望が…」

「何だ?」

「殿下は魔法指導の時に鞭が過ぎるので、飴と鞭の要領で私を叱った後はちゃんと甘やかしてください」

「甘やかす……?」

「頑張ったね、とか。そういう言葉を掛けてほしいのです。毎度毎度ダメ出しばかりだと気が滅入るので…」

「なるほど、分かった」


 そう言って少しの間視線を落として考え込んでいたエリオットは、急に立ち上がった。窓の外に沈みゆく夕陽を眺めていた私は驚いてビクつく。


 何を思ったかズカズカとこちらに回り込み、そのまま私の隣に腰を下ろしたエリオットは大きな手を私の頭の上に置いた。


「君はよく頑張っている」

「………!」

「その姿を一番近くで見れることを嬉しく思うし、正直焦るよ。俺も君の隣に並んで恥ずかしくない男になれるよう、努力しないとな」


 顔面偏差値の高い彼に真っ向からそんなことを言われて、私は頭が溶けるかと思った。そして耐性のなさ故に、息も絶え絶えに「用が済んだなら戻ります!」と逃げ出したのである。



 このようなやり取りは、その後もエリオットとの間で何度か繰り返すのだけれど、優秀な彼がイタチごっこに気付いて私の逃げ道を塞ぐのは遠くない未来の話。



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