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79.悪役令嬢は悪役令嬢に聞く



 アリシア・ネイブリーとは。


 気が強く我儘で嫉妬深い悪役令嬢。

 王太子エリオットへの一途な想いは暴走しがちで、他の令嬢が彼に微笑み掛けようものなら牙を剥いて迎え撃つ気の強さは社交界では有名だったと聞く。


 アビゲイル王国が建国されて以来の最高傑作と称されたエリオット・アイデンの婚約者として若干十二歳の時に選出され、幼い頃から大人たちに混じってお茶会やパーティーに参加していた。その強い性格から友達は少なく、学校でも社交会でも常に彼女は孤高の人だった。



 そんなアリシアが、泣いている。

 表情までは見えないけれど、漏れる嗚咽や震える身体は彼女の限界を知らせていた。顔を覆った白い手の隙間からは透明な涙の雫がポタポタと落ちて行く。


 声を掛けることも憚られた。なにも事情を知らない私が、呑気に彼女の身体を乗っ取って生きていた私が、適当な慰めの言葉を吐くのは違うと思ったから。


 何度か肩で大きく息をして、アリシアは濡れた目を乾かすように瞬きを繰り返す。私はただ彼女のそばに腰を下ろしてその様子を見守った。やがて、少し気持ちが落ち着いたのか、淡いレモンイエローの瞳がこちらに向けられる。


「貴女は……よくやってくれたわ」


 自分自身に言い聞かせるようにアリシアは頷く。

 耳に掛けていた桃色の髪がひと束落ちて頬に触れた。


「わたしを呪った人間を見つけ出して、エリオット様から求婚されるなんて…すごい進展よ。本当に頑張ってくれた」

「そんなこと、」

「わたしには無理だった。172回もチャンスを与えられたのに、わたしは毎度失敗してしまった。エリオット様の心は離れて、リナリーは気の毒そうに嗤う。いつも同じ光景、いつも同じバッドエンド……でも今回は違ったの」


 顔を上げたアリシアの瞳にまた涙の膜が張る。


「………よかった…本当に」


 そのまま消えてしまいそうな儚い笑顔に、私の心臓はギュッと縮み上がった。進む道が正解か分からなくてずっと不安だった。アリシアのこの微笑みはそれを肯定してくれるようで。


「アリシア、貴女は十二歳で黒魔法を掛けられたとクロノスから聞いたわ。悪魔に憑かれて魔力が減ってしまったと」

「ええ…残念ながら本当よ。まさかサラに呪われていただなんて……就寝前によく眠れるようにと飲んでいた葡萄酒が、悪魔の支配をコントロールしてたとはね」


 アリシアの目はそう言って遠くへ向けられる。

 ずっと信じていた側近に裏切られたショックがその小さな胸を締め付けているのかと思うと、居た堪れなかった。


 私はルイジアナの話やクロノスの話を思い返しながら頭の中で考える。不運な令嬢がどのように呪いに耐えて、なぜ消滅するに至ったのか。


 私が言葉に迷っているうちに、アリシアは再び口を開いた。



「……自分のバランスが、崩れる感覚って分かる?」

「バランス?」

「今貴女は貴女の意思で普通に立ち上がって歩くことができる。何かを食べたり、人に話し掛けたり…思いのままに行動することが出来る」

「そうね…ええ、」

「わたしにはそれが出来なかった」


 長い睫毛を伏せて、独り言のように悪役令嬢は続ける。


「感情の振れ幅が大きかった。キツイ言葉を借りると、気が狂ってるって言うんでしょうね」

「そんな……!」

「いいえ、そうなの。怒りは何十倍にも膨らんで発散され、優しさや愛情は上手く表現出来ない。いつも不安だった、自分が上手く振る舞えているのか…エリオット様の婚約者として変な噂を立てられていないか……」


 おかしい話よね、と溢してアリシアは悲しげに笑う。まだ少女の面影が色濃い彼女の、その大人びた表情は余計に見るものを切ない気持ちにさせた。


「……悪魔が…憑いていたのよね?」

「そうよ。厄介な悪魔だった。向こうは早くわたしの魔力を吸い尽くしたいから暴れるんだけど、それは精神の乗っ取り合いみたいで…こっちだって負けるわけにいかないから対抗するじゃない?毎日すごく疲れたわ」

「リナリーの指示を受けてサラが悪魔の力を調整していたんだものね……」

「八年よ、わたしが成人するまで八年。もともと召喚の代償として半分持って行かれてるから、二十歳のときには魔力はスカスカだったの」


 私はクロノス言葉を思い出す。

 アリシアは成人するとクロノスの元を訪れなくなる、と彼は言っていた。それは彼女自身が衰退していたからということなのだろう。ギリギリの精神で限界を叫ぶ身体を引き摺って生きていた悪役令嬢。語られる内容はあまりに悲惨だ。



「心も身体もボロボロで…生きているのが本当に辛かった」


 アリシアはそう言ったきり、暫くの間目を閉じた。



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