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77.悪役令嬢は願う



 再び静まり返った広場は、異様な空気に包まれていた。


 誰も何も喋らなかった。

 ただ一人、リナリー・ユーフォニアを除いては。



「どうして…!なんで受け入れられないの!?」


 高い声で叫びながら何度も手の中の蝶を握り潰す。もはやその羽はボロボロと崩れてただの屑となり、彼女の足元に落ちていた。青い粉末は砂に混じって風と共に攫われる。


「おかしいわ……何故!私の願いを叶えてよ!新しい力をちょうだい!私はこの世界の主人公なのよ……!?」


 少しずつ、ざわざわと観客たちは言葉を発し始めた。国王と王妃が何事かと側近に尋ねる様子が見える。取り乱すリナリーが床に拳を叩き付ける横で、私は静かに立ち上がる。


 手の中にある確かな冷たさを握り締めて。


「リナリー様、それは偽物です。レプリカの標本に青い絵の具を塗ってもらいました。彩色に関しては手先の器用な母にお願いしたのだけれど…」


 私は母であるモーガンの居る方向に目をやる。

 堪え切れないように彼女は目を閉じて泣いていた。エリオットからモーガンに頼んでもらったのは、ただ「アリシアに渡す最後のプレゼント作りを手伝ってほしい」ということだけ。あっという間に引き離されて王妃を手に掛けた罪で裁かれようとしている娘を、モーガンはどう思ったのか。


 親不孝者な娘で申し訳ないと思う。

 でも、お陰で本当の悪女を暴くことができた。


「随分と酷いことを願われていましたね。私を焼き尽くす強い力ですか」

「ち、違います…!それは、貴女のような罪人が二度とこの世に姿を現さないようにという意味で…!」


 どうして誤解なさるのですか、と目に涙を溜めて私を見上げるリナリーの前で私は握っていた右手を開いた。輝く小さな小瓶を見て、息を飲むリナリーを見据える。


 イグレシアの家から盗んだサバスキアの蝶に対して、彼女が一度目に願ったのは魅了の力。そして二度目、サラが持っていた青い蝶の首飾りをもとに手に入れたのは聖女の力。


 ならば、私はーーーーー


 キュポンと蓋を外して朝方の空のような薄い青色の粉末を覗き込む。クロノスが上手い具合に作ってくれたようで、サラサラとした粉末状になった蝶の羽は太陽の光を反射して輝いていた。


 両手で支えた小さな瓶を高く掲げる。

 どうか、この願いが聞き入れられますように。



「お願い……アリシア・ネイブリーの魔力をこの身体に戻して」


 瞬間、身体が燃えるように熱くなった。

 蜃気楼のように揺れる空気が私の身体を包み込む。


 血が、肉が、細胞の一つ一つが思い出そうとしている。ずっとそばにあった力を。この身体の本当の持ち主を。アリシア・ネイブリーという魂の存在を。


「ダメ、ダメよ!やめて……!それだけは……!!誰か!この女の断罪を決行してちょうだい!彼女は悪女なの、早く絞首台に送ってよ!!」


 何かに取り憑かれたように周囲の人間に詰め寄るリナリーは兵士の一人に取り押さえられた。しかし、尚もその肩を掴んで自分の主張を訴え続けている。


 いつの間にか痛むような熱は消え失せて、私は指先から広がる心地よいあたたかさに目を閉じた。この温もりが全身を包めば、私はとうとうアリシアの身体とおさらばするのだろうか。なかなか良い経験だったと思う。大好きだった物語の世界に入ることが出来ただなんて、きっと後世まで語り継げる思い出だ。後世どころか現世が残されているのかも微妙なところだけれど。


 意識がまどろみに落ちる寸前、強い力で両腕を引かれた。驚いて目を開くと、怒りに目を血走らせたリナリーが私の手首を掴んでいる。大きな青い瞳が訴え掛けるように下から私を見上げた。



「初めからこうすれば良かったのね」



 歪んだ唇の隙間から漏れた声はそう言った。


 聞き返そうと口を開く。しかし、どういうわけか上手く言葉が出て来ない。何度か試みた浅い呼吸の末、私は激しく咽せて地面に手を突いた。吐き出されたのは空気だけではない。自分の手を染め上げる赤い鮮血に目を見張った。


 下げた視線の先にあるのは鋭い刃。

 首を捻ると背後には先ほどまでアリシアを取り押さえていた兵士が、ぼんやりとした顔で立っていた。その長い剣で私の身体を貫いて。



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