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69.悪役令嬢は回帰を知る


「どういうこと……?」

「ええっと、今回は何回目かしら。100回を超えたあたりから数えるのを止めたから分からないわ」

「リナリー、貴女も時戻りを…?」


 驚きのあまり掠れた私の声を聞いて、リナリーは不服そうに頬を膨らませた。


「良い?私はこの世界の中心なの。だから当然だけどその仕組みについても理解しているわ」

「そんな……貴女にも記憶があるの…?」

「すべて覚えている。すべて、ね」


 リナリーはサバスキアで生まれ、先に海を渡った双子の姉を追い掛けて王都へ。通り掛かったエリオットとアリシアに花を売り、身の上話をする中で親しくなった。三人での時間が増えるにつれてエリオットの心はリナリーに傾き、やがてそれを察したアリシアは嫉妬に狂って自滅する。


 その一部始終をすべて、彼女は記憶のあるままに何度も繰り返しているということ?


「なんで…?エリオットの心が狙いならばもう十分でしょう!?王太子妃の座は貴女のものよ!」


 アリシアは何度も繰り返した。

 その回数はじつに172回。何度も失敗して、何度も死んだ。それこそデズモンドの塔からの風景が絵に描けるぐらいには、彼女は飽き飽きするぐらい回帰したのだ。


 流れる涙もそのままで呆然と打ちひしがれる私を見て、リナリーは不思議そうに首を傾げる。それは算数の問題の答えが分からない子供のように純粋な仕草。


「何を勘違いしているの?」


 重々しい部屋の空気の中で、異常なほど軽い声がした。


「エリオットと結婚することが私の目的ではないわ」

「じゃあ何?王妃にでもなりたいの!?巻き戻りの鍵がアリシアの死であることは知ってるでしょう?彼女の死を避けて、この世界を進めることが貴女には出来たはずよ!」

「どうして?」

「……え?」

「なぜ進めなくてはいけないの?私はこのループを永遠に楽しんでいたいのに」

「なにを…言ってるの……?」


 固まる私の前でリナリーはくるくると指輪を弄ぶ。

 ドームの中で青い粉末が舞う様子を私はただ黙って眺めた。


 リナリー・ユーフォニアの思惑が分からない。どうして何度も同じ世界を繰り返すのか。彼女のためにも、エリオットと結婚した後の世界を見たいものではないのか。王太子妃として終わるのではなく、その先にある王妃、そして子供を産んで母として生きる道を求めないのだろうか。


 つまらなさそうに欠伸をした後で、リナリーはやっとその小さな口を開いた。宝石のような青い瞳が私を見据える。


「アリシア、私が見たいのは無様に苦しむ貴女の姿よ」

「………は…?」

「初めは純粋な興味だった。孤児院で姉がいると聞いて、見てみたくなったの。閉鎖的な生活にも飽きちゃっていたし」

「………、」

「初等部が夏休みの間に一度だけ、サラと王都へ行った。ネイブリーの屋敷も外から見たわ。大きなお屋敷ね?居心地は良かったでしょう?」

「リナリー……」


 私の声を受けて、リナリーの目に力が入るのが分かった。

 眉間に皺が寄って眉根が盛り上がる。


「気付いているでしょうけど、十二歳の時の貴女の魔力を奪ったのはサラよ。私がお願いしたの。だって、ズルいと思わない?どうして貴女は魔力があるの?どうして貴女だけ貴族の家に貰われるの?おまけに王太子の婚約者ですって?」

「私の話を聞いて、お願い…!」

「いいえ、結構よ。今となっては別に良いの。私は貴方が手に入れたものを全部奪うだけ。貴女がコツコツと作った積み木のお城を崩すのが私の楽しみなの」

「………良い趣味ね」


 そうでしょう、とリナリーは自身の爪の形を気にする素振りを見せながら答える。綺麗に整えられた指先。美しく着飾った聖なる乙女に、私は自分がなんと言うべきか悩んだ。


「リナリー、教えて」

「なぁに?」

「貴女の思いは分かったわ。それならばどうして、黒魔法ですぐに私を消さなかったの?そんなに恨んでいたなら、事故でもなんでも見せ掛けて……」

「そんなの面白くないじゃない」


 もうっ!と怒って立ち上がったリナリーは残酷な顔を作って私を見下ろした。私はこの顔を知っている。憎悪と嫌悪、強い歪みが生み出した悪人の顔。


 地面に突いたままの私の手の甲を、小さくて可愛らしいヒールを履いたリナリーの足が踏み付けた。ジリジリと体重を掛けられると、我慢していても悲鳴が上がる。



「ねえ、アリシア……これは私の物語なのよ?私を愉しませるためだけに生きて。何度だって死んで。私は永遠に貴女の不幸を見ていたいの」


 背中を冷たい汗が流れ落ちるのを感じた。

 向けられたのは、あまりに純粋な悪意。



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