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65.悪役令嬢は罪を被る



「エスティ……!」


 誰よりも先にその側に駆け付けたのは国王のユグナークだった。白髪の混じった黒髪に黄金の王冠を載せている。恐怖と怒りに染まった鋭い眼が階段の途中で呆然と立つ私とリナリーに向けられた。


「どういうことだ!なぜエスティが……!」

「国王様…これは…、」

「陛下!それより早く治療をしないと!」


 言葉が出てこない私に被せるように、リナリーの澄んだ声が響き渡った。階段をパタパタと駆け降りてリナリーは倒れた王妃の隣に座り込む。べったりとした赤い血が彼女のドレスの裾をみるみる染めていく様子を私は何も出来ずに見ていた。


「リナリー、君に救うことが出来るのか!?」

「お任せください。きっと大丈夫です…!」


 皆が固唾を飲んで見守る中で、リナリーの小さな両手が王妃の頭にそっと振れる。白くまばゆい光が輝いて、王妃の身体全体を包んでいった。


 彼女はついに治癒の力を手にしたのだ、そう気付いた時にはすべてが終わっていた。ゆっくりと目を覚ました王妃を抱きしめる国王、感謝を述べられるリナリー。そして何事かを彼女がユグナークに囁くと、やがて屈強な兵士が私の両脇に現れた。


「アリシア様、ご同行を」

「なんですか?」

「国王様がお呼びです」


 まだ半ば夢のようだった。リナリーは自分の力を認めさせるために、あのような茶番を繰り広げたのだろうか。強大な力をアリシアが使えば魔女と呼ばれ、リナリーが使えば聖女と呼ばれる。それは確かにその通りだ。


 私は広間から離れた別室に通され、本棚がたくさん並んだ部屋の中で机を挟んで国王と向き合った。


「アリシア……お前をエリオットの婚約者として選んだのは、その強い魔力を受け継ぐ子を期待したからだ」

「………!」

「ところがどうだ。今は魔力が無いらしいな?」

「ちょっと待ってください、どうしてそれを…!」

「その反応。やはり本当のようだな」


 大きな溜め息を吐いてユグナークは椅子に座り込んだ。

 私はザワザワと騒ぎ出す胸に手を当てて、必死で頭を動かせる。どういうこと?なぜアリシアに魔力がないことがバレているのか。たしか魔法が使えない国王自身に察知など不可能なはず。


 すぐにエリオットの顔が浮かんだ。

 魔力持ちの彼がバラした?


「リナリーに聞いたんだ。聖女の力に目覚めたせいか、君の魔力が無くなっていることに気付いたらしい」

「……っ!……そうですか」

「それだけじゃない。君はエスティを階段から突き落としたそうじゃないか?」

「え?」


 目の前が真っ白になった。

 理解が出来ない。ユグナークは私が自分の妻を危険な目に遭わせた張本人だと思っているのだ。


「違います!私じゃありません!」

「リナリーが嘘を吐いているというのか!?君がそんなに救いようのない悪人だとは思わなかったよ」

「聞いてください、国王陛下…!」


 ぼんやりと私を見下ろすユグナーク・アイデンの瞳はひどく冷たかった。嵌められた、そう気付いたのは何もかもが終わったあと。もう話すことはないと言わんばかりにユグナークは後ろで待機する兵士の一人を手で呼び出し、私の身柄を拘束するように伝えた。


 なんだろう、この違和感。

 これは本当に国王の意思?


 重たい手枷を付けられて地下へと引っ張られていく。いくら国王が脳筋の愛妻家であれど、仮にも名家の令嬢、しかも王太子の婚約者であるアリシアに対してこの仕打ちはどうなのか。そうだ、こんなことをしたらエリオットだって黙っていないはず。


「陛下!エリオット様と話をさせてください!」


 階段を降りる前に首を捻って振り返り、なんとか声を絞り出す。先ほどと同じ椅子に座ったままで気が抜けたような顔をしたユグナークは、チラリと私を見遣って鬱陶しそうに手を振った。


「エリオットには私から言って聞かせる。君がここまでの曲者だとはな、とんだ毒婦を王室に迎えるところだった」

「ユグナーク国王!!」


 尚も呼び掛ける私の手枷に繋がる鎖をグイッと引いて兵士はその場から引き離した。灯の少ない暗い螺旋階段は一段降りるごとに気温が低くなるようだ。


 今までに感じたことのない恐怖が足元から這い上がって来るのを感じる。私は今また、破滅に向かっている。



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