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63.悪役令嬢は目覚める


 恐ろしい夢を見た。


 夢の中で私は暗くて狭い部屋の中に居る。小さな窓が付いているけれど、外は夜なのか真っ暗で何も見えない。人の声も聞こえない。皆もう寝てしまったのだろうか。


 ジジジッと音を立てる裸の豆電球に光を求めて小さな蝶が飛んで来た。一羽、二羽と増えていくその蝶たちはやがて群れをなして、羽音は耳を塞ぎたいほど大きくなった。


 恐怖を覚えて身を縮ませる私の前で、豆電球ごと蝶の群集は床に落下する。それでもまだどこからか集まって来る。雲の隙間から月が出たのか、部屋の中に一筋の明かりが差し込んだ。パタリと羽音が止まる。


 不思議に思って目を向けた先に見えたのは白い肌。

 青い蝶の海に溺れるように横たわるアリシアの姿だった。




「…………っ!」


 勢いよく身体を起こす。

 ここが柔らかなベッドの上で、明るい電気が頭上に灯っていることを確認して私は胸を撫で下ろした。あまりにリアルな夢を見たので、心臓はまだバクバク鳴っている。


「目が覚めましたか?」


 思いのほか近くからした声にまた飛び上がらんばかりに驚いた。振り返ると、煌びやかなドレスを身に纏ったリナリーが立っている。


「貧血だそうです。エリオット様も先ほどまでいらっしゃいましたが、王妃様に呼ばれて部屋の外へ出ました」

「あ……そうですか……」

「殿下から私の話を聞きましたか?」

「えっと…はい」

「勝手な真似をしてすみません。アリシア様は長い間留守をされてると伺ったので…気持ちが抑えられずに、」


 そう言って俯いたリナリーの頬を透明な涙が伝ったのを見て、私は慌てて身を乗り出した。


「泣かないでください!勝手な真似などではありません」

「しかし、アリシア様がいらっしゃるのに私は…」

「行き違いがあって…身を隠していたんです。リナリー様、貴女は………」


 なんと切り出せば良いか分からなかった。

 サバスキアで聞いた話から、リナリーとサラが知り合いであることは既に知っている。しかし、亡くなった彼女とリナリーが旧知の仲であることを確認するために、サバスキアで入手した情報やニコライの話を持ち出すことは避けたい。


 思い悩む私の心をまるで見透かすように、リナリー・ユーフォニアはふわりと微笑んだ。私はまたギュッと心臓が握り潰されるような痛みを覚えて、胸を押さえる。


「亡くなったメイドの件…残念でしたね」

「……あ…はい、」

「彼女は私の古い知り合いだったんです」

「え?」

「言い出せずにすみません。いつかお話したかったのですが、アリシア様は私のことを避けていらっしゃるようでしたので……」

「そんな、ことは…ないと…」


 独り言のようなボリュームで否定の言葉を述べてみるが、おそらく何の説得力もない。アリシアがリナリーをよく思っていないことは周知の事実。彼女にもう少し理性があって嫌がらせをセーブしてくれていれば…と私は少し悔やんだ。


「今だから言える話ですが、私はサラに脅されていたのです」

「脅される?」

「はい。こんなことを言うと驚くと思いますが、伝えさせてください。アリシア様、実は私とアリシア様は同じサバスキアという土地で生まれた双子でした」

「………!」

「母は死んでしまったため、私は唯一の家族であるアリシア様にずっと会いたいと思っていました。しかし、サラは私がアリシア様に嫌われていることを持ち出して、その座を奪おうとしていると告げ口をすると言い出しました…」


 勿論そんなことはありません、とリナリーは泣きながら私に弁解の言葉を述べる。「サラはきっと私が貴族の娘の血縁であることが気に食わなかったのだと思います」と、大きな目に涙を溜めてリナリーは自身の憶測を語った。


「エリオット様に惹かれてしまったのは事実ですが、アリシア様を蹴落としてまでとは考えていませんでした」

「……リナリー様、」


 まさか彼女の口からサバスキアの名前と双子という関係性が明かされると思わなかったので、私は反応に困った。それに、リナリーの主張は今までの私の予想を覆すもの。


「すみません、少し混乱しています……」

「そうですよね。このような状態のアリシア様に無遠慮にお伝えして申し訳ありません。ですが…あの、一つだけ…」

「なんでしょうか?」


 オロオロと不安そうに目を伏せるリナリーを不思議に思って私は聞き返した。やがて思い切ったように顔を上げると、一粒の宝石のように青く輝く瞳が私を見つめる。


「これからはお姉様とお呼びしたいのです」

「……え?」

「私たちは唯一の家族です。ようやくその関係を打ち明けられた今、他人のように振る舞うのは寂しいものがありますから…」

「あ、えっと…はい、構いませんけど…」


 困惑する私に向かってリナリーは花が咲くような笑顔を向ける。何がなんなのかよく分からないし、私は一人で考える時間がほしい。


 その後もリナリーは、私がサバスキアで聞いた話を彼女の視点で語って聞かせてくれた。一人きりで孤独だった孤児院時代のこと、王都に来てから心細かった生活について。そして、エリオットへの気持ちに気付いてからの苦しみに関しても、すべて。


 それらのどのエピソードも、私にとっては真偽のほどが分からないものばかりだった。しかし、どうにも信じたいと思っている自分がいる。元凶はサラであって、子供であるリナリーはその行動に振り回されていただけなのではないかと。


 痛み続ける心臓だけが、かろうじて私を現実に繋ぎ止めていた。



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