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61.悪役令嬢はヒロインに出会う


 扉を開けた瞬間に壮大なクラシックの音色が鼓膜を揺らした。目を遣ると入って右手に設けられたステージの上ではピアノやヴァイオリンを交えた生演奏が行われている。


 貴族の宴に参加した経験など皆無のため、私はその豪華さにひたすら驚きながら、恐れをなしていた。マナーもロクに分かっていないけれど、この身体はそのあたりを都合よく記憶してくれてはいないだろうか。


 リナリーとエリオットに出会う前から、そんな些細なことでヒヤヒヤと気を揉みながら私は周囲に目を泳がせた。クロノスや、ニケルトン侯爵家の家族が居てくれたら良いものの、まだ到着していないのか、姿は見えない。


 こんなにたくさん人が集まっているのに、私はとんでもなくアウェーな感じがする。ニコライと二人でどうしたものかと困っていると、一際人が集まったテーブルを見つけた。群衆に囲まれているせいで、その中心にいる人物の顔までは見えない。


 近付こうかどうしようかと迷っていたら、人だかりがサッと割れた。一気に静まり返る広間の中に鈴の音のように美しい清らかな声が響く。



「アリシア様……いらっしゃったのですね!」


 その姿を認識した時、私は言葉を失った。

 ゆるく巻いて胸に垂らした輝くプラチナブロンドの髪、腰から柔らかに広がる純白のドレス、そして何より、見るものすべてを恋に落とす愛らしい笑顔。


 リナリー・ユーフォニアは圧倒的なヒロインだった。


 隣に立つニコライのことも忘れ、先ほどまで耳から流れ込んでいた音楽も遠退いていく。青い瞳から目が離せない。ぼんやりとした心地良いまどろみが思考を支配していく。


 ドレスから覗くリナリーのきめ細やかな白い肌に目を奪われていると、桜の花びらのように色付いた唇が何か言葉を伝えようと動いた。聞かなくてはいけない。この美しい人が私のために伝えようとする有難い言葉を。


 一歩前に身を乗り出そうとした時、心臓がドクンと跳ねた。ギュッと握り込まれるような痛みに一瞬息が止まる。耐え切れずにしゃがみ込もうとした身体を、白い手袋を嵌めた誰かの手が支えた。


「アリシア、」


 ああ、何てことだろう。

 彼相手に借りを作るのだけは御免だ。


 脳が痺れるような低い声に惑わされまいと頭を振る。リナリーと少し会話をした後で、ニコライにも何かを伝え、男は私の背中に手を回したまま歩き出す。背後からはザワザワと人々が噂をする声が聞こえてくる。また私は不必要な敵を作ってしまうのではないかと心配になった。


 いったいどういうつもりなのか。赤い絨毯が引かれた階段を一段ずつ上がりながら、私は散らかった思考を片付けようと試みたけれど、どうやら出来そうになかった。


 やがて上り切った階段の先に大きな白い扉を見つけた。扉は手を触れる前に、物音もなく静かに左右へ開く。お得意の補助魔法を使ったのだろうかと思いながら足を踏み入れると、そこは広いバルコニーだった。階下の喧騒、ゆったりとした音楽がかすかに風に乗って届く。


 私は手摺りに身体を預けて自分を支えていた手の主を見上げる。

 エリオット・アイデンの双眼は何かを訴え掛けるようにこちらを向いていた。



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