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59.悪役令嬢は月を見る


 その後は、何事もなく日々が過ぎていった。明日に迫った王妃の生誕祭のために私はドレスの試着をして、我儘で付いて来てもらっているニコライにも服を用意してもらった。


「似合ってるわ、別人みたい」


 黒いタキシードに蝶ネクタイを付けたニコライの姿を見て私は手を叩く。笑顔でその拍手に応えながら、ニコライはくるくると回って見せた。


「明日はお姫様を守る騎士になる必要があるからね」

「あら?じゃあ、私の王子様はどこにいるの?」

「どうだろう。君自身が答えを知ってるんじゃないかな」


 どういう意味かと追求しようとしたらノックの音がして、母であるモーガンが入って来た。


「試着は済んだかしら?」

「ええ、お母様。明日は贈り物なども用意されるのですか?」

「もちろん。エスティ様は変わった趣味をお持ちでね。聖剣や魔剣をコレクションしてらっしゃるらしいの」

「それはまた…なんとも意外な」

「そうよね。私も驚いたけど、ちょうど先週あった競りで良いものが手に入れられてね。もう包んであるのよ」

「へぇ……」


 病気がちな王妃が剣をコレクションするなんて、儚い雰囲気のクラスの美少女がプラモデルを趣味にしているぐらいのギャップがある。原作ではあまり描写のない王妃が、どんな姿なのか私は内心楽しみだった。


 エリオットやリナリーのことを考えると、手放しでウキウキできないのだけれども。


 髪飾りの色を相談したいという母に付いて私は一旦部屋を出た。まだ時間はたっぷりあるのに、私の心臓はすでに緊張状態にある。いざ明日を無事に乗り切れるのだろうか。




 ◇◇◇




 窓の外には大きな月が浮かんでいた。


 明日のことを思うと、なんだか眠れなくて私は何度も寝返りをうっている。こんな時にもペコロスが居れば一人ではないことを実感できるし、温かな身体に手を這わして、生きている安心感を感じられるのに。


 よりによってその正体がエリオットだったなんて。ようやく関係性も築けてきたところだった。あの重たい体を抱えての移動にもなんとか慣れ始めていた。


 魔獣と婚約者の心を両方一気に失ってしまったようでショックも二倍だ。いや、実際はべつにエリオットとくっ付きたいなんておこがましい気持ちは無いのだけど。それに彼は有り得ないぐらい失礼だし。


(リナリーはどんな子なんだろう……)


 理想を言えば、悪役令嬢の汚名を返上して、ヒロインの良き友人の座を手に入れたい。そうすれば私は末長くこの世界で生き残ることができるし、きっと平穏も保障される。


 ヘマをすれば、どうなるんだろう。

 もしもリナリーが何らかの理由でアリシアを憎み、魅了でエリオットの心を手にれるような人間だったら。話し合いでの和解を拒まれたら。何も教えてくれなかったら。それどころか、逆に私が公衆の面前で過去の過ちを責められるような事態になれば?


 誰が私の肩を持ってくれる?

 アリシアのことを信じてくれる人は、居るの?


 不安な心を掻き消すように窓の外の月を見上げる。どこまでも広がる静かな闇世の中に、美しい月は一つ、ぽつんとその光を放っていた。



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