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56.悪役令嬢は意思を語る



 久しぶりのニケルトン公爵家。相変わらず植物園のように自然豊かなその庭に降り立って周囲を見渡した。久しぶりなんて言っても、訪れたのはまだ二度目だ。ニコライも興味深そうに周囲の施設へ目を走らせている。


「王都へ帰ったら会いに行くとは伝えていたけれど、突然だったかしら…」


 不在だったらどうしようかと不安になっていたら、車の到着した音を聞き付けてか、建物の中からクロノスが顔を出した。こちらに歩いて来るクロノスはライオンほどの大きさの魔獣を引き連れている。


 そういえば、手紙の中でペコロスについても触れたんだった。もしかして魔獣同士で遊ばせてくれようとしたのかもしれない。近付いてくる大きな魔獣はゾウのような長い鼻を持っており、耳の上にはペコロスと同じような角を二本生やしている。だらりと垂れた舌からは透明な涎がダラダラと流れていて、私はペコロスの正体がエリオットであったことを早めに伝えなければと考えた。


「久しぶりだな!アリア!」

「お元気そうで何よりです。彼はマリソル出身のニコライ、私の友人で私がアリシアであることも伝えてるので安心してください」

「おお、そうなのか!」

「はじめまして、ニケルトン公爵。お会いできて光栄です」

「畏まらんで良い、ただの老いぼれだ」


 クロノスはそう言って豪快に笑った。ペコロスの事情についてその場で話すと、彼は残念そうに「ピーパラとお見合いさせようと思ったんだが」と溢した。どうやらこの大きな魔獣はメスらしく、ペコロスのお嫁さん候補として紹介してくれる予定だったらしい。


 エリオット・アイデンが昨日のうちにその身分を明かしていたのは、彼にとっても大正解だろう。


 以前と同じ部屋にクロノスは私たちを案内してくれ、特別な薬草を煮詰めたというお茶に蜂蜜を流して渡してくれた。熱々のマグカップを受け取って、口を付ける。ピリリと舌先が痺れて、苦味のあとにまろやかな甘さが込み上げた。



「色々と話すことがあるんだが……」


 顎髭を触りながらクロノスは考え込むように目を閉じる。


「先ず、急ぐのは君に掛けられていた黒魔法の解明と失われた魔力についてだな。君がアリシアではないことを彼には伝えたのか?」

「えっと…いいえ、まだ……」

「え?どういうこと、アリシア?」


 混乱するニコライに私はかいつまんで説明した。目が覚めたらアリシア・ネイブリーになっていたこと。そして私自身はこの世界の人間ではないということ。


「ごめんなさい、話すタイミングを見失ってしまって…騙したかったわけではないの」

「良いんだ。だけど、君はどうしてアリシアのフリを?」

「?」

「家を出てまったく別の人生を歩むことも出来るだろう?わざわざアリシアと関連のある人を訪ねたり、今度だって王宮に行って妹に会うなんて……危険じゃないか?」

「うーん、そうね…貴方の言うことは正しいわ。実際に幽閉を恐れて逃げ出したし。だけど、今の私はアリシアのファンだから。それに、彼女を幸せにすることが私の目指すゴールなの」


 アリシア・ネイブリーという憎まれ役の悪役令嬢に、私はいつの間にか夢中になっていた。彼女が何を考え、どのような人生を送ったのか。


 エリオットとの結婚という夢は叶えられなくても、せめて少しでも幸せに生きられるように。皆に愛されなくても良いから、生き別れた妹との確執を解いて、新しいハッピーエンドを迎えたい。


 強気な悪女が聞いたら「甘い考えだ」と笑うだろうか。それでも最後は、受け入れてくれると良いけれど。



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