55.悪役令嬢はベーコンを齧る
「おはよう、アリシア。……寝不足?」
朝食の場に現れたニコライは不思議そうに目を丸くする。私は焼かれたベーコンを口の中でもそもそと咀嚼しながら、虚ろな目で首を縦に振った。
今日はニコライと共にクロノスの家へ行く予定だ。マグリタやグレイが住むニケルトン侯爵家にも挨拶に行きたいけれど、王妃の親戚である彼らとはきっと誕生日会で会えるはずだから、今日は先ずはクロノスが優先。マリソルから出した手紙は届いただろうか。アリシアに憑いていた悪魔の話など、聞けたら良いと思う。
「貴方のこと、連れ回してごめんなさい」
「良いんだ。観光みたいなものだし」
「でも……」
「アリシア、僕たちが聞いた話が本当であれば、きっと僕らが対峙する相手は甘く見ない方が良い。亡くなった術師が本当に自殺かも分からないよ」
「え?」
「色々な可能性があるっていう意味だ」
ニコライはそう言って椅子を引くと腰を下ろす。私はぼんやりした頭の中で、昨日のサラの様子を思い出していた。サラの手にはたしかに錠剤の入った瓶があった。王宮から派遣された専門家によると、あれは裏で出回っている強い毒薬らしく、死に至る時間が短いことで有名なようだ。いくつかの質問による事実確認は受けたものの、両親の必死の説得もあって、アリシアへの疑いはなんとか晴れそうだ。
食事中に考えるんじゃなかった、と目玉焼きから流れ出るどろりとした黄身をフォークで救う。エリオットはあの後、王宮へ帰ったのだろうか。彼の言う感覚共有がどういったものかは謎だけど、本体という発言や、ニケルトン公爵家でエリオットとペコロスが同時に存在していたことからして、きっと分身のような魔法なのだろう。随分と便利が良いことで。
なんだかずっと疲れが取れない。
水の中に居るように身体が重たい。
サラにもらった小瓶のネックレスは、身に付けるのをやめて今は鞄の中に仕舞っている。彼女はいったい蝶の羽に何を願ったのか。会話できない今となっては、もう何も確かめようがない。
「今日はニケルトン公爵のお屋敷に行こうと思うの。車は出してもらえるかしら?」
「もちろんでございます、お嬢様。旦那様と奥様にもお伝えしておきますね」
「ありがとう。あの……念のため、屋敷の警備をいつもより厚くして、誰か来訪があった場合は用心してくれない?」
「承知いたしました。あのような事件のあとですものね」
「………ええ、そうね」
メイドの一人はこくりと頷いて、扉のそばに立つ別の使用人の男に私の頼みを伝えに行った。何があるか分からないし、気を引き締めておいた方が良いだろう。
朝が早い両親はもう朝食を済ませて、それぞれの用事をこなしているようで、姿は見えない。夜にでも養子の件について確認するための時間を取りたいところだ。
「ごちそうさま。君の家の料理人は良い腕をしてるね」
「ふふ、彼らに伝えなくちゃね。きっと喜ぶわ」
ニコライの言葉に、傍で同じく嬉しそうな顔をするメイドと笑い合いながら、席を立った。しばらく振りに会うクロノスは元気だろうか。
昨日の今日だし、もうニケルトン邸でエリオットが登場するなんてことはないと良いけれど。




