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53.悪役令嬢は暴走する


「そういえば…デズモンドへは幽閉ではなく治療で連れて行く予定だったと言いましたよね?」


 引っ掛かっていたことが口を突いて出た。

 彼から聞いた時は理解不能な説明だと思ったが、それは転生した私がサラから「エリオット様はお嬢様をデズモンドへ幽閉するつもりだ」と聞いていたからこそ。


 エリオットは相変わらず愛想の無い顔で少し首を傾げた。


「ああ。医者への紹介状を君のメイドに渡したが」

「もしかして、そのメイドって……」

「亡くなったという君に近しいメイドだ」

「……なるほど、」

「どうやら情報の操作が行われていたようだな」


 そこまで話して、私はふとサラから渡された被害届のことを思い出した。何枚にも渡る膨大な書類にはびっしりとアリシアによる悪行とそれに対する恨みがつらつらと綴られていたのだ。あんなものまで用意されると、こっちも幽閉命令を信じてしまうのは当然のこと。


「あの…私はサラから分厚い被害届も受け取っているのですが……」

「被害届?」

「私がしでかした行いについての申し立てと言いますか…」

「ああ。友人たちから君に渡すように頼まれて一緒に持ち寄ったんだが、中身は被害届だったのか?」

「………もう良いです」


 すっとぼけた顔でややこしいことをしやがって、という罵り文句を溜め息として吐き出した。


「エリオット様もサバスキアでご一緒だったので理解いただけるかと思いますが、私は一度…リナリー様とお話する必要があると考えています」


 腕を組んだまま、神妙な顔で頷くエリオットの様子を見て、私は自分の意思を固めた。真実はきっと本人のみぞ知る。リナリー・ユーフォニアの言葉で語ってもらうしかない。


「王妃殿下に、お誕生日会へ参加するとお伝えください。そして念のため、リナリー様には私の旅路で分かったことは何も伝えないでくださいね」

「もちろんだ。他言はしない」

「殿下も色々とお気を付けください。気持ちが舞い上がるのも分かりますが……」


 リナリーは王宮に居るのだから、彼の身に何かがないとも言い切れない。しかし、恋する男と言えども一応は強い魔力を持つエリオットなので、これぐらいの助言で後は自分で対処してほしいところだ。


 そんな私の意図を理解したのかは不明だが、エリオット・アイデンはなんとも言えない表情でこちらを見た。


「ところで、君の友人も来るのか?」

「友人とは?」

「マリソルから来た……」

「ニコライのことですか?そうですね、可能であれば。私は彼のことを信用していますし、彼は私に協力してくれるそうなので」


 誰かと違って一途そうだし、という嫌味が喉元まで出掛かったけれど、さすがに王族相手にそこまでの口を効いて良いのか判断しかねたので黙っておいた。


 吹き付ける風が本格的に身体を冷やしてきたので、そろそろ本気で別れの挨拶をするべきだろうかと、私はエリオットに向き直る。しかし、私がさよならを告げる前に勢いよく顔を上げた彼に先を越された。


「アリシア、君は未婚の令嬢であることを忘れるべきではない」

「………はい?」

「ニコライ君はたしかに良い青年だが、君はまだ俺の婚約者だ。見たところ君たちは友人の距離感を超えている」

「お言葉ですが、殿下。その言葉はそのまま貴方とリナリー様にお返しいたします」

「なに?」


 エリオットの顔が俄かに強張った。

 彼がこんなに大馬鹿者だとは知らなかった。


「なにが恋をしているらしい、ですか。魅了にでも掛かってたら間抜けも良いところですよ!」

「……っな、」

「貴女がフラフラするからいけないんです。もう良い大人なんですから、中途半端な優しさでどっち付かずの態度を見せるんじゃなくて心を決めてください!」

「君にそんなことを言われなくても、俺は…!」

「言っておきますけど、私は貴方がリナリー様を選ばれても王都を離れて他所の男と悠々自適に生きていきますからね。心配はご無用です!」

「アリシア!」


 グッと腕を引かれて、気付いたらエリオットの顔が真正面にあった。高鳴る胸は怒りのボルテージが振り切れているせいで、絶対にそれ以外の理由などではない。


 他の理由なんて、あってたまるものか。


「エリオット様、リナリー様が食事中に倒れた際に貴方がその両手で抱き抱えて医務室まで運ばれたことがありましたね。覚えていますか?」

「……?…ああ、記憶にあるが」

「控えている使用人に頼めば良いと言った私に貴方はこう言いました。”なんて心が狭いんだ。友人の介助も見過ごせないのか“」

「それは、」

「婚約者が居るのに他の女性を匿っている貴方に私の交友関係をとやかく言われたくありません!この二股男!」


 バチンッと大きな音が暗い夜空の下に響いた。

 驚いた表情のエリオットの後ろで輝く星々が見える。そして、そんな彼以上にきっと私の顔は驚愕しているはず。


 完全に感情が走ってしまった。

 叩いた手が痺れるように痛い。


「あ……すみません、風邪を引きそうなので私はこのあたりで失礼いたします。ごきげんよう…あはは…」


 不自然極まりないとは理解しつつも、私はエリオットの手を振り解き、逃げるように屋敷の方へ引き返した。


 暗闇に紛れてエリオットの声が聞こえたような気がしたけれど、振り向く勇気など勿論あるわけもなく。



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