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52.悪役令嬢は分析される



「えっと……え?婚約破棄を…?」

「そのようなことをした覚えはないが」

「でも、リナリー様を見ると胸が高鳴るんですよね?」

「ああ」

「医師からは恋だと診断されたと…?」

「いかにも」


 それで、これ以上何をグズグズしているのか。

 恋するエリオット・アイデンは彼の提案一つでもうリナリーと結ばれることは可能だ。婚約者のアリシアには悪女の評判に加えて、メイドを死に追いやったイジメっ子疑惑まで浮上しているし、婚約破棄は容易だろう。


 理解に苦しむ私の前で、エリオットは無表情のままで考えに耽っている。耳をすませば、ウィーンとその頭からはモーター音が聞こえるようで。


 身体も冷えてきたし、そろそろ部屋に戻りたいと内心感じ始めた頃、エリオットはようやく口を開いた。



「この二週間あまり、君の行動を見て来た」

「ええ、私としては不本意ですが……」

「俺の知っているアリシアでは無いようだった。困っている老婆を助け、貧困状態にある姉弟には髪を与えた。その長い髪を大切に思っていたのに、いとも簡単に切り落とした」

「大袈裟です。髪なんてすぐ伸びますから」

「君が乳母だって?子供嫌いの君が?マリソルでも、かつての料理人と会っていたようだが、俺の知るアリシアとは別人のようだった」


 エリオットの中の私はいったいどんなイメージなのか。クロノスから聞いた内容や、ルイジアナの記憶を参考にすると、元々の強気な性格に加えて悪魔に憑かれたせいで随分と荒んでいたようだけれど。


「何より、魔獣である俺への態度も信じられないくらい慈愛に満ちたものだった。君は本当に同じアリシアなのか?」

「マリソルでお会いした際にお伝えしましたよね?私は訳あって記憶と魔力が消失しているんです。貴方の勝手なイメージで話さないでください」


 私の苛立った口調にエリオットは少し悲しげな表情を見せる。キツく言いすぎただろうかと心配しながら、私は自分の今後の身の振り方について彼に話すべきか悩んでいた。


 リナリー・ユーフォニアの恋路を邪魔するつもりはない。だけど彼女と話し合う必要はある。リナリーがもしも何か、アリシアに対して良くない思いを持っているなら、なんとか誤解を解きたい。


 悶々と熟考を続ける私の前でエリオットは、スッと片手を上げた。私はびっくりして身構える。


「な、なんですか……?」

「その髪色は落ち着かない。元の色に戻しても良いか?」

「ええ。べつに…良いですけど」


 私の髪色は今、ニコライが魔法に失敗したときの赤髪のままだ。私が言い終わらないうちにエリオットの手が伸びてくる。何事かとギュッと目を閉じると、大きな手が私の頭をポンポンと優しく二度撫でた。突然のことに中途半端に口を開けたままで固まってしまう。


 エリオットは特に気にする様子もなく「その方が君に似合っている」と小さく溢した。


(なんなの…?今更どういうつもり……?)


 変にドギマギしてもおかしいので、私は至極自然にエリオットとの間に距離を取りながらこの場の去り方について考える。王妃の誕生祭に出席する意向を伝えた方が良いだろうか。後々手紙を書くのは面倒だし、リナリーに会うためには参加してみるべきだと思う。


 あとは、なんだろう。どういうわけか婚約破棄に手間取っている不器用な彼に、新しい恋へ向かうべきだと背中を押してあげた方が良いのだろうか。


(ああ…もう、よく分からない…!)


 今すぐこの場にアリシアを召喚したい。

 エリオット・アイデンとの個別対談なんてイベント、私は踏みたくない。どうしてこの鈍い男は婚約者の前で自分の恋心を明かしたりするの?


 そのくせ私の跡を付けたりして、なんで?

 ヒロイン至上主義のこの世界で私がエリオットに傾倒したところで、待っているのはバッドエンドだけ。幽閉を避けたのに何故か虐めでメイドを自殺に追いやった罪を被っているし、この先何が起こるのかは分からない。



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