50.悪役令嬢は遺書を読む
遺された遺書には、信じられないことが書いてあった。
サラは日々、私からの虐めに耐えていたというのだ。詳しい内容こそ書かれていないものの、それ故に信憑性は増した。アリシア・ネイブリーに対する世間の評判が強い後ろ盾となるのだから、詳細なんて無くても良い。
加えて、この手紙を見たというリナリーの存在。
平民出身のリナリーが王太子妃になれば、彼女は権力を得ることになる。牢屋に私を入れることも、極刑に処すことも簡単だろう。ただ、証人として発言すれば良いのだ。「アリシア・ネイブリーは可哀想な使用人を甚振って死に追いやった」と、鈴の音のようなその美しい声で。
「……どうしたら、」
サラの意思なのか、はたまたリナリーによる何かが働いているのかは分からない。私なんかには抗えない強い力で物語はヒロイン贔屓のエンディングへと向かっている。不要な悪役令嬢などお呼びではないと、逃れたはずのバッドエンドが追い掛けて来ているようだ。
両親の話によるとリナリーはショックを受けて帰ったというけれど、それならば彼女はサラの死など予測していなかったということ。しかし、胸の内の疑いは晴れない。
「今日はもう遅いわ。ご遺体も運び出されたし、こんなことがあって嫌だと思うけれど…アリシア、客間で良ければご案内してさしあげて」
「そうですね……ニコライ、行きましょう」
「お気遣いありがとうございます」
ニコライは両親に頭を下げて私の後ろを付いて来る。
結局、今日はアリシアが養子であるという確認を取ることはできなかった。明日にでも頃合いを見て二人に話を聞く必要がある。クロノスにも会いに行きたいし、エリオット宛てに王妃の誕生祭の出欠の可否も返答しなければいけない。
目まぐるしく変わって行く日々に、窒息しそうだった。私はこの世界の初心者なのに、望んでいない情報を与えられてどんどんと巻き込まれて行く。
ただ、穏やかな毎日を求めていただけ。アリシアが掴めなかった平和を、小さな幸せを、手に入れたかっただけなのに。物語を変えたからこうなってしまったのだろうか。
「君は今日も魔獣と寝るの?」
「え?」
考え込んでいた頭にニコライの声が降ってきた。
「いや、ごめん…変な聞き方だったね」
「大丈夫。ペコロスはいつも私と同じベッドよ」
「うーん、そうか。それはどうだろう」
「なによ?含んだ言い方をするのね」
何か言いたげに口を少し開いて、私とペコロスを交互に見るニコライの緑色の目を追った。今更、彼までもが魔獣アレルギーだなんて言い出すのではないかと私は身構える。
しばらくの沈黙の後、ニコライはどういうわけかペコロスの方を見ながら申し訳なさそうに口を開いた。
「エリオット殿下、いつまで姿を隠すおつもりですか?」




