47.悪役令嬢は前を向く
「………どうして、」
ポツリと漏れ出た声は思ったよりも小さい。
同じ年に生まれたアリシアとリナリーは双子。片方は養子に出されてネイブリー家で育ち、もう片方は孤児院で成長して花売りとなった。
ふと、脳裏にロザンヌが言っていたサバスキアの土着信仰の話が浮かぶ。双子は二人で幸せになることなど出来ない、不幸な片割れは幸せを求めてもう片方を喰い殺す。
もしも、リナリーが自分の境遇に不満を持っていて、アリシアからすべてを奪おうとしていたら。そんなことは考えたくないけれど、生まれ付き魔力に差があり、そのせいで一人だけ孤児院に残された彼女が豊かな境遇にある双子の姉を恨まないとも言い切れない。
(恨むとか憎むとか…リナリーには似合わないのに)
愛される主人公。
儚い蝶のようなリナリー・ユーフォニア
リナリーに闇堕ちなんてして欲しくない。
大好きな物語だった。虐げられて来た主人公が自分の手で運命を切り開いて幸せを手にする、王道だけど感動的なシンデレラ・ストーリー。私は読者として、その姿に勇気をもらったから。
「……私、リナリーに会いに行こうと思います」
「アリシア…!?正気か?」
「ええ。私は冷静よ」
「君のことを呪った女と繋がりがあるかもしれないんだぞ?今の君の魔力じゃ太刀打ち出来ない。それに君に憑いた悪魔は……」
「悪魔はもう居ないわ」
悪魔も、アリシアも、もうこの身体の中には何も居ない。魔力も完全に無力化保証済み。今この身体を動かすのは他所の世界から来た、ただのくたびれたOLの魂だ。『エタニティ・ラブサイコ』に感銘を受けた、平凡な一読者の魂。
でもきっと、私は誰よりも物語を愛している。
「このままじゃダメだと思うの」
「なんで…!」
「ハッピーエンドじゃないからよ。ニコライ、悪いけど私は最後は大円団で終わって欲しいの」
「……はぁ?何を言って、」
「自分の命はもちろん大事だけど、断罪ルートを回避したなら死は無いようだし、行動してみるわ」
リナリーを闇落ちさせずに、アリシアの命も救う方法。
これから先にエリオットとアリシアが結ばれるルートは出現しそうにないし、そうであればせめてリナリーの汚名だけでも晴らしたい。サラと組んでアリシアを嵌めようとしたなんて、ヒロインには似つかわしくないから。
話し合いをする必要がある。
エリオットを取り合う二人の女としてではなく、異なる境遇で育った双子の姉妹として、もう一度。
「アリシア…アンタは随分と甘ちゃんだ」
「そうでしょうか?」
呆れたように首を振るイグレシアに目を向けた。
「荒廃した孤児院を見ただろう?子供が減ったんじゃない。管理が行き届かなくなったから、皆が寄り付かないんだ」
「そんなのリナリーのせいじゃないわ」
「いいや、あの女が職員をおかしくした!子供たちだって皆、リナリーに関わった人間はおかしくなる!」
「そうだとしても……私は知りたいんです。彼女自身と話し合って、本当の心を」
「分かっていない。アンタはあの女の恐ろしさを理解していない。善良な心は一番付け入りやすい…!」
どうして分からないんだ、とイグレシアは髪を振り乱して嘆く。ロザンヌの話、イグレシアの主張、それらの真偽性を確かめるためにはリナリーに会うしかない。
大丈夫、どういうわけかデズモンドの塔への幽閉イベントは無くなったようだし。エリオットはムカつくけれど、もう私を追放することも無さそうだ。サラやリナリーの動向に注意しながら、注意深くいけばきっと。
イグレシアに礼を言って、部屋を出る。
真実はいつも語り手によってその形を少しずつ変えていく。だから私は、私の目で見極めるしかない。何が本当で、何が嘘なのかを。
「さてと、じゃあ僕らは列車に乗るのかな?」
「そうね。時刻表を見てみないと」
ペコロスをニコライに預けて、私は駅の中へと駆けて行く。ちょうど良い時間に出発する電車はあるけれど、今から乗っても着くのは夜になりそうだ。ネイブリー伯爵家に帰るということ、それはつまりサラと会うということ。
さすがに長旅の終わりに迎えるイベントにしては重たいけれど、両親のことも心配だ。ネイブリー伯爵夫妻にはアリシアの出生についても聞きたい。サラに気付かれずに二人に会うことは出来るだろうか。
私は悶々と夜のことを案じながらニコライの元へ戻った。




