46. 悪役令嬢は心を揺らす
「段々と孤児院は歪な空間になっていった。サラっていう新任の教師は特にひどかったよ。真っ白な画用紙みたいに純粋な心だったからか、すぐにリナリーに付け込まれた」
「付け込むって…?」
「どういうわけか常にリナリーを回顧するんだ。孤児院はリナリーの天下だった。私は魔力がないから、よく分からないけれど、魔女が居るならああいう子なんだろうね」
「な…なにを仰っているのですか、リナリーは聖女に…」
口を滑らしてしまったことに気付いて、急いで言葉を止めた。イグレシアはすごい形相でこちらを振り返る。
ペコロスが怯えたように腕の中でわずかに身動いだ。
「聖女だって?真逆だよ。リナリー・ユーフォニアは人を惑わす悪女なんだ。あの子の周りの人間は皆、おかしくなる」
「でも、孤児院の院長は……」
「まだ分からないのかい?アンタの妹は、」
怒りを露わにして立ち上がったイグレシアは、私の胸元にあるネックレスを見てはたと言葉を止めた。
「これを…どこで…?」
「あ、これは……」
「アンタは何を願ったんだい?」
「願うって、どういうことですか?」
「これはサバスキアで有名な青い蝶の羽から採取した粉だ。どんな願いでも叶えると…アタシが子供の頃には信じられていたが……」
「私はこれを人に貰ったんです。御守りだと言われて、サラから……」
「なんだって?サラから?」
「そういうことか!」
戸惑いの表情で顔を見合わす私とイグレシアの隣で、ニコライが急に大きな声で叫んだ。ビックリして飛び上がるペコロスを抱え直しながら、そちらの方を向く。
ニコライは私の胸元に下がったネックレスを見つめたまま、言葉を探すように瞬きを繰り返していたが、やがて思い切ったように口を開いた。
「アリシア、君と一緒に居ると僕はわずかな魔力を感じた。でもそれは本当に微量で、日によっては感じない時もあった。だから、あまり気に留めていなかったんだけど…」
「貴方、私からは魔力はしないって!」
「すごく弱いんだ。僕は決して魔力は高い方ではないから、感知も鈍い。はっきり断言出来なくて悪かったよ」
「原因がこれだって言いたいの?」
「おそらく……」
顔を曇らせるニコライの前で私はネックレスを首から外す。差し出された手のひらの上に置くと、横倒しになった瓶の中でサラサラと粉は平たく広がった。
「また誰かが不幸になる……青い蝶は人を幸せにするんじゃない、災いを呼ぶんだ!」
イグレシアは恐怖を隠さずに、身体を震わせながら、目を大きく見開いてニコライの手の上を見ていた。
「この家にも昔は青い蝶があった」
「あった、とはどういう…?」
「標本だよ。亡くなった主人が気に入って何処からか買ってきて、コレクションとして壁に掛けていたんだ」
「ああ…なるほど」
私はイグレシアの目線を追って、先ほど見た絵画や標本のコレクションを眺めた。ところどころ空白になった場所には、確かに長い間何かを飾っていた跡が残っている。
「盗っ人を追い掛けて転んだ挙句、私は脚をダメにしてね。形見も脚も戻らないままさ」
「イグレシアさん……」
寂しげな顔で俯く年老いた彼女の丸まった背中に、私はなんと声を掛ければ良いか分からなかった。隣を向くとニコライは考え込むように顎に手を当てていた。
「問題は誰が、何を願ったかだ」
「何のために私にこれを渡したのかしら?」
「追跡だろうね。まさかただの御守りじゃあ無いだろうし」
「……そうなのね」
ぼんやりと頷きながら、考える。
そういえば、マリソルで私に襲い掛かった男たちは「雇われて来た」と言っていた。あの時はエリオットにも遭遇したし、それどころじゃなくて忘れていたけれど、私の居場所を知る人間が他に居たということ。
そして、この流れでいくとその人物はサラである可能性が高い。自らの魔力を含ませて、私を追っていたということだろうか。
ずっとずっと、味方だと思っていた。
彼女だけは、最後までアリシアのそばに寄り添う存在であると。
花粉が辛い季節になりました。
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