44.悪役令嬢は心眼を求める
「初めは、感情の処理が苦手な子なのかしらと思ったわ。他の子が泣いたり怒ったりしていても、リナリーはただ笑っていたから」
当時を思い出すように、時折目を閉じながらロザンヌは話を続ける。
「成績も運動能力も普通。魔力は生まれつき無かった。貴女がネイブリー伯爵家に養子として迎えられたのは、その魔力が並外れていたからよ」
「……そうなのですね」
「持って生まれた者と、持たずに生まれた者。どちらに価値が付くかは分かるでしょう?」
「…………、」
馬鹿げた信仰。馬鹿げた大人たち。
リナリーがこんな場所で育ったなんて、あまりにも可哀想だと思った。価値観も歪みそうだし、サバスキアを出て彼女が王都へ自分の未来を切り拓きに行くのも理解出来る。
結局のところ、この孤児院に来て分かったのはリナリーの生い立ちの悲惨さ。悲劇のヒロイン度数を高めるだけになってしまった、と思いながら最後に気になっていたことを聞くことにした。
「サラという女性もここで働かれていたんですか?」
「ああ、懐かしい名前ね。サラはこの孤児院で教師をしていたわ。まだ新任で熱心な先生だったんだけど…」
「………?」
「彼女も、どういうわけかリナリーに入れ込むようになってしまってね。一度はサバスキアを出て王都へ移ったんだけど、数年前に戻って来て二人で出て行ったわ」
「王都へ移った…?」
「ええ。家の都合だかで、この地を去ったのよ」
サラがネイブリー伯爵家にメイドとして来るのは、たしかアリシアが十歳前後の時期だ。作中でアリシアのメイドとして紹介される際に十年来の付き合いと書かれていたから、二十二歳でアリシアが死ぬことを考慮してもそのぐらいに来たと考えて間違いないだろう。
孤児院でリナリーと知り合ったサラは、その後サバスキアを出て王都へ移り住んだ。そして、アリシアのメイドというポジションに収まって信用を得た後に、孤児院へリナリーを迎えに行ったという流れになる。
「リナリーは…姉であるアリシアを探しに行ったんですよね?」
「そうなの。職員の一人がうっかり漏らしてしまって、そうしたらリナリーは姉に会いたいと強く願うようになって…」
唯一の家族に希望を持ったのかもしれないわね、と嘆くように頭を振るロザンヌを見つめる。しかし、作中においてリナリーがアリシアに会いに来るというイベントは起きていない。リナリーにとって、アリシアは想いを寄せるエリオットの意地悪な婚約者、ただそれだけだったはず。
すれ違って行く供述に私はただただ頭を捻る。
「あの子はなんというか、人を惹き付けるのよね。教師である私がこんなことを言ってはいけないのだけど、リナリーの言うことは正しく聞こえてしまうの」
「…………」
「今は、そんなことはないけど、あの子を前にするとどうにも……だから、リナリーに反感を持っていた子もすぐに彼女と仲良くなったわ。皆に愛されていた」
私は脳裏に、先ほど会った不機嫌そうな女の顔が浮かんだ。
「そういえば、」
「何かしら?」
「ここに来る途中で女の人に会いました。花が入った籠を持ってたけど、彼女は私のことをリナリーと呼んで…」
「きっとイグレシアね。彼女は変わり者よ。目が悪いから、貴女の髪色を見てリナリーと間違えたのね」
「え、リナリーは金髪では……?」
「あら。孤児院に居た時は赤髪だったわ。産まれた時も赤がリナリー、ピンクがアリシアって認識していたもの。貴女も赤髪にしたのね?」
仲の良い姉妹だこと、と小さく笑うロザンヌに曖昧に頷く。輝くプラチナブロンドの髪は、エリオットと並んだら一対の人形のようで、純真な彼女の心のように美しい。
何もかもが嘘になっていく。
ボロボロと両手から零れ落ちるのは、かつて私が真実だと思っていた欠片。リナリー・ユーフォニアは絶対的なヒロインで、出会った人は皆、彼女のことを愛さずには居られない。
そう、愛さずには……
「あの、その方の、イグレシアさんの住所を教えてくれませんか?」
「え?良いけれど、あの人はリナリーのことを良く思っていないから追い返されてしまうかも…」
「構いません。教えてください」
前のめり気味に懇願する私の前で、渋々といった様子でロザンヌはメモ用紙に住所を書き記した。私はその紙を受け取って席を立つ。
本当に話をするべき人物が見えて来た。
心の目で、真実を見極めることが出来る人が必要だ。




