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04.悪役令嬢は夜を走る


 なるべく人目に付かないように、ということで皆が寝静まった時間に家を出ることにした。最低限の荷物に加えて、困った時に換金できそうなアクセサリー、夕食からくすねたパンなどを詰め込んだ鞄は悲しいぐらい軽い。


 忍び足で玄関を出たところで、小さな声に呼び止められた。私は飛び上がらんばかりに驚いて振り返る。月明かりの下に見慣れた姿があった。いつも後ろでお団子にしている茶色い髪を、今日は下ろしている。


「サラ!」

「お嬢様、やはり家を出られるのですか…?」


 アリシアの最も近しいメイドである彼女は、私が夜中に家を去ろうとしていたこともお見通しだったようだ。食事中にソワソワしていたのがバレたのだろうか。


 バツが悪くて答えに困っていると、サラはその手を私に向かって差し出した。見ると親指の爪ほどの小さな小瓶の中に、キラキラと光る青い粉末が入っている。小瓶の口には革紐が括り付けられており、ネックレスのようになっていた。月明かりを反射して輝くそれをしげしげと眺める。


「これは?」

「私の生まれ故郷で有名な御守りです。お嬢様に仕えることが出来て、とても幸せでした。どうか…ご無事で」

「サラ……」


 思わず目頭が熱くなった。転生前の自我を取り戻してからまだ二日ほどしか経っていないけれど、物語の中でサラは常にアリシアに寄りそう存在。


 それ故に、彼女はアリシアが幽閉されたタイミングで、共犯と見なされて屋敷を追放されるのだ。その後どうなったかまでは書かれていなかったけれど、働き先もなくなった上に不名誉な肩書きまで背負うのだから、きっと相当な苦労をしたに違いない。


「ありがとう、サラ。私からはこれを渡しておくわ」


 言いながら、ポケットから四つ折りにした紙を取り出す。


「何でしょうか…?」

「エリオット様がもしも、貴方を責めるようなことがあれば渡してほしいの。彼が信じてくれるか分からないけれど、貴女や私の家族は無関係だって教えてあげなきゃね」

「お嬢様…一人ですべての罪を被るおつもりで…」

「まあ、実際のところそうだし」


 嫉妬が原因と言えど、数々の嫌がらせ行為を行ったのはアリシア自身の判断。「だって貴方が構ってくれなくて寂しかったんだもん、プンプン!」では済まされない。ミミズパスタとか結構陰湿だし、私がされたら絶対にトラウマになる。


 玄関の扉に挟んでおくつもりだったけれど、サラに託した方が良いだろう。エリオット・アイデンがどれほど私の言葉を信用するか分からないが、何も言わずに煙のように消えた婚約者よりも、手紙を残しておいた方が賢明と言える。


「じゃあ、そろそろ行くわ」

「アリシアお嬢様……行ってらっしゃい…!」


 まるで、何処かへ買い物に行くときのように。その「行ってらっしゃい」の先に「おかえり」が無いと分かっていても、私は元気に手を振り返した。最後の方はなかば駆け足で庭の方へと近付く。


 ネイブリー家の門番の目を掻い潜って外に出られる抜け穴の存在は、作中で示唆されていた。美しい庭園を取り囲む塀に、外へ通じる小さな穴があるなんて、なんだか御伽話が始まりそうで面白い。


 実際は、長い逃亡劇の始まりなのだけれど。


 内心苦笑しながら、穴に手を掛ける。身体を捻ってなんとか抜けると、ひんやりとした晩秋の空気が顔に触れた。変装用に持ってきたスカーフを頭に巻いて、ビン底の眼鏡を掛ける。ずっと装着していたら視力が悪くなりそうだけど、少なくとも王都を出るまでは着けておかないと。


 こうして、アリシア・ネイブリーは幽閉イベントを回避した。

 この先はもう物語には載っていない、作者すら知らない未知の世界。



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