33.悪役令嬢は酒場へ行く
何が何だか分からなかった。
しかし、ルイジアナはネイブリー家で料理長をしていただけなので、彼女がアリシアの恋愛事情に詳しいとは思えない。とは言っても完全に余所者の私よりは事情を理解していることは明白だし、彼女の意見を「そんなことはない」と一方的に突っぱねるのも気が引ける。
エリオットが気移りするわけない?
そんなことアリシアは何度も考えたはずだ。
だけれど実際には、エリオットは錯乱したアリシアを邪魔者としてデズモンドの塔へ送ったし、それっきり会いになど来なかった。厄介払いが目的であることは目に見えている。今世でもデズモンドへの幽閉イベントは告知があったんだから、彼が変わったとも思い難い。
(エリオットを直接問い詰める……?)
でも、それで逆に捕まってしまう可能性もある。せっかく逃れたバッドエンドにまた自分から飛び込んで行くなんて馬鹿げている。アリシアの気持ちは尊重したいけれど、エリオットが考えていることが分からない以上、下手に動くことは危険なのだ。容易に想像が付くこと。
自分の心なのか、アリシアの身体なのか、どちらが出処か不明だけれど、とても焦りを感じる。正規ルートを外れた時点で予想できたはずなのに、保証のない人生はあまりに不安だ。元より何が起こるか分からないのは当然だけど、知った世界に転生したからと安心していた部分もあった。
夕焼けに染まる石畳の道を歩いていたら、一際賑わいを見せる店を見つけた。中を覗くとどうやら酒場のようで老若男女が思い思いに酒の入ったグラスを傾けている。
その楽しそうな雰囲気に惹き込まれるように、私は店の中に入った。アリシアも成人は迎えているし問題はない。アルコールが気分を紛らわせてくれると、少しだけ期待している面もあった。
「いらっしゃい!何にする?」
元気いっぱいの若い女が厨房の中から声を掛けてくれる。私は曖昧な笑顔を浮かべて「おすすめのやつをください」と伝えた。この世界における酒の種類を知らない以上、そのようにオーダーするのが無難だろう。
すぐに真っ黒なコーラのような発泡する液体の中に赤いサクランボが漬け込まれた酒が運ばれて来た。片手で包み込めるほどの小さなグラスに入ったそれを見つめる。
「マリソルは初めて?それね、黒い太陽って呼ばれてマリソルでは景気付けなんかで飲まれる祝い酒よ」
「祝い酒……?」
「貴女、なんだか落ち込んでるから。元気出してほしくて」
「ありがとうございます」
礼を伝えると女はニカッと白い歯を見せて笑った。
恐る恐る口を付けてみると、見た目に反してピリリと強めのアルコールが効いている。コーラが入っているのは間違いないけれど、この濃い感じはウォッカか何かを割っているのだろうか。シロップ漬けのサクランボの甘さと相まってなかなかのパンチだ。
うーん、まさか異世界まできてお酒にやられるとは。これは飲み干すと私はまともに教会の宿舎に帰れるか分からない。というか今更だけど、礼拝者が泊まる宿舎に酔っ払って帰るのはめちゃくちゃ無礼に値するのでは。
どうしよう、酔いを覚ませば大丈夫だろうか。
フラフラしながらなんとか会計を終えて「ごめん強かったかしら?」と心配そうに声を掛ける先ほどの店員に、片手を上げて問題ないことを伝えた。
外はもう少し薄暗くなっている。秋の涼しさを通り越して、やや肌寒い冬の気配が街の通りを包んでいるので、歩く人々も身を縮こませて帰路を急いでいた。
(酔い覚ましにはちょうど良い気温ね、)
ブルッと震えて、教会の方へと足を踏み出す。下を向いていたせいか、前方から来た男にまともにぶつかった。分厚い肉の厚みを顔面で感じつつ、慌てて謝罪の言葉を述べる。
「ごめんなさい!見えてなくて…!」
「いやぁ、なに、良いんだ。俺たちがアンタに当たりに行ったんだから」
「へ……?」
間抜けに聞き返した私の口を大柄な男の手が塞いだ。




