30.悪役令嬢はパンを浸す
ニコライは15分ほどすると部屋の扉を叩いた。私はベッドの上からゴロンと起き上がり、ドアの鍵を解錠する。隣ではペコロスが疲れ果てたように腹を見せていた。魔獣もルイジアナの家では置き物のように大人しくしてくれていたから、多少の気疲れがあったのかもしれない。
「迎えに来てくれてありがとう。さっきまで礼拝堂に居たの?」
「ああ……まあ、ね」
彼にしては珍しく、煮え切らない返事に少し違和感があった。しかし立ち入って何かを聞くには私たちはまだ他人だし、そこまでの親しさはない。
食堂は空いていると思う、と言って先を歩くニコライの背中を見つめながら私はその後ろを歩いて着いて行った。彼の予想する通り、夕飯時を外れた今の時間帯は食堂の人影は疎だった。
簡単な食事という割には、きちんと主菜や副菜が用意されており、礼拝に来て泊まれる上に食事まで提供されるなんてマリソルの礼拝者たちにとっては幸せなことだろうと勝手に考える。信じる者は救われる精神が体現されていて、非常によい。
腕に抱えたペコロスは薄目を開けてニコライの様子を観察している。真剣な様子の魔獣には悪いけど、ブルーグレイの小さな瞳を何度も注意深く瞬きする姿は、なんだか見ていて面白かった。そんなに警戒する必要はないのに。
入り口に重ねられた水色のトレーを取って、その上に皿を並べて椀にスープなどを入れてもらう配膳形式は小学校の時の給食を思い出した。今日の主食は鮭のムニエル、黄色いスープはおそらくコーンスープ、そしてニンジンを千切りにして何かに漬け込んだものがサラダとして提供された。キャロット・ラペだろうか。丸い小さなパンを最後に受け取って、ニコライと共に席に着く。
「美味しそう。ここはとても親切な教会ね」
「親切すぎるからほぼ赤字経営だよ。国からの補助金がなければ回していけないぐらいにね」
呆れた顔で笑いつつ、ニコライはやはりマリソルの教会のことを大切に思っているようだった。
「貴方のこと、尊敬するわ。まだ若いのに自分の進むべき道を見つけて献身的に働いている」
「買い被りすぎだよ。適任かも分からないのに」
「適任……?」
「僕みたいな人間が神様に仕えるなんて、本当に良い人選かどうか分からないってこと」
「随分と謙遜するのね。私からしたら、この協会の開放的な雰囲気と、誰にでも優しくできる貴方の心は合ってるように思えるけれど」
「そう思ってもらえるなら、嬉しいね」
力なく笑うとニコライは千切ったパンをスープに浸す。私はその様子を真似して、大きく口を開けるペコロスに与えた。少し熱かったのかブフンッと身体を震わす小さな身体を撫でながら、綺麗に切られたニンジンをフォークで拾う。




