23.悪役令嬢は朝食をとる
ニコライ・コーエンと名乗った青年とは下船を待たずして再び顔を合わすことになった。というのも、朝食をとるために入った食堂室で、彼の隣以外席が空いていなかったのだ。
私は用心深くグルグル巻きにしたスカーフの下で、どうするべきか一瞬迷ったけれど、先にニコライの方が私に気付いて手招きした。
「アリア!隣が空いてるからおいでよ!」
「あ……ありがとう」
トレイを机に置いて腰を下ろすと、ニコライはズイッと距離を詰めて来る。こういうところがやや苦手なんだけど、これは転生前の自分のコミュ障な性分が表れているのか、それとも人として生まれ持った当然の感情なのか分からない。
つまり、彼は非常に距離感が近い。
私はなるべくニコライの方を気にしないようにしながら、皿の上に乗ったスープに口を付けた。南部へ向かっているためか船上の料理は魚やフルーツを使用したものが多い。今日のスープも、プリプリとしたエビや鮭がクリームシチューのように煮てあってとても美味しい。
白くて丸っこいパンを千切ってペコロスの口元に持っていくと、嬉しそうに齧り付いた。スープに浸してやると気に入ったようでどんどん次をくれと急かしてくる。
「それは魔獣?あまり見ないタイプだね」
「ええ、ペコロスっていう名前よ」
「へぇ。よろしくね、ペコロス……うわっ!?」
ニコライが爽やかに差し出した手に、ペコロスは思いっきり噛み付いた。私は慌ててペコロスの口に指を入れて無理矢理引き離す。
「ごめんなさい!いつもは本当に大人しくて良い子なの、こんな風に人を噛んだことなんてなくって…!」
言い訳のような言葉を並べながら半べそ状態でニコライの手の状態を観察する。歯形はしっかり付いているものの、血は出ていないようだ。何度も謝罪する私にニコライは「良いんだ」と片手を挙げた。
「どうやら僕はあまり好かれていないようだね」
「本当にごめんなさい…昨日に引き続き、貴方にはお礼やお詫びがどんどん溜まっていくわ」
「じゃあ、こうしない?」
「?」
「マリソルに着いたら一緒にお茶でもしてよ。一応生まれ育った街だから、ガイドぐらいは出来るからさ」
「それはお礼にならないわよ」
「こんなに可愛い女の子を連れて歩けるんだ、すごく嬉しいし僕にとっては最高のお礼だよ」
そう言って笑顔を見せるから、私は困ってしまう。
まだ怒りモードなペコロスをチラリと見遣って「ペコロスも一緒でも良い?」と聞くと、ニコライは「もちろん」と返してくれた。べつにニコライを疑っているわけではないけれども、到着早々ペコロスをどこかに預けて行くなんて可哀想だし、出来るわけもない。
それから下船するまで、私たちは一緒にお互いのことを話した。私の生立ちは事実と異なる脚色されたものだったことは言うまでもないけれど、マリソルの教会で学校に行けない子供たちに語学を教えるニコライの話はとても興味深かった。
ニコライはおじいちゃんが司祭をされているようで、その影響もあって今の職を選んだらしい。いずれは祖父のように街の人に慕われる司祭になりたい、という彼の夢は素直に素晴らしいと思った。
窓の外には煌めく海の向こうに微かに緑の島が見えている。アリシアが断罪を免れたことで知らない土地、新しい人々に会えるの不思議な気持ちだった。




