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22.悪役令嬢は夢を見る


 何か、良い香りがする。


 鼻腔をくすぐるのは心の奥に届くような、甘さを伴った、ゆったりした落ち着く感じの匂い。どこかで嗅いだことがある気がする。どこだっただろう。デパートの化粧品売り場?もっと最近な気がするけれど。


 そういえば海に落っこちちゃったんだっけ。

 断罪イベントを回避したはずが、思わぬところに落とし穴があったなんて。まあ、自分の落ち度だから文句は言えない。


(此処は…天国なのかしら?)


 誰かが私の頭を撫でてくれている。包み込むようなその優しい手が髪の上を滑る度に、心が解れていくようだ。本当はずっと誰かにこうされたかったのかも。


 がむしゃらに働いて、一人の家で眠っていたあの世界の私も。

 たった一人に振り向いて欲しかったこの世界のアリシアも。



「………?」


 段々とクリアになる視界の中に、ぼんやりと人のシルエットが浮かび上がった。三途の川には案内人が居ると言うけれど、こんなに若い男だったのか。


 健康的な褐色の肌に、宝石のような緑色の目。くるくるとゆるくパーマが掛かった黒髪が可愛らしい男は人懐こい笑みを浮かべている。


「あ、目が覚めたね」

「……誰?」

「死んじゃったかと思ったよ。僕、人の死体なんて初めて見るからドキドキしちゃった。生きてて良かった!」

「貴方が助けてくれたの?」

「いや、僕はーーー」


 相手が言い終わらないうちに私は激しく咳き込んだ。たくさん水を飲んだせいか、身体はまだ重たい。


 ふと隣を見ると、心配そうなペコロスの姿が目に入る。海に落ちた際にビン底眼鏡は吹き飛んだようで、私は蜂蜜色の瞳を隠すために手で顔を覆った。


「助けてくれてありがとう。何か御礼をするわ。申し訳ないんだけど生憎今は気分が優れないから、名前だけ聞いても良い?」


 早口で言い切ると、男は少し考える素振りを見せた後に口を開いた。


「ニコライだ。ニコライ・コーエン」

「はじめまして、ニコライ。私はアリアよ」

「良い名前だね。君は王都の人?それともマリソルの出身かな?」

「私は王都から人を訪ねてマリソルへ向かってるの。ごめんなさい、今日は本当に体調が悪くて…部屋で少し休もうと思うから、また船を降りる時に貴方を探すわ」


 嘘ではない。命の恩人への礼は尽くしたいし、何か眼鏡の代わりになるような変装をしたら明日改めて挨拶をするつもりだった。ただ、今ではないという話。


 そのまま立ち上がって去ろうとする私の腕を、ニコライが後ろへ引いた。何の警戒もしていなかったため、私の身体はポスッとニコライの胸に沈む。


「な、何をするの…!」

「アリア、また絶対に僕を探してね。約束だよ」


 驚いて抗議する私の怒りをモノともせずに、ニコライは笑顔を向ける。いくら命を救ってくれたとは言えど、少し馴れ馴れし過ぎやしないだろうか。私の気持ちを代弁するようにブフブフッと憤るペコロスを抱いて、甲板を後にした。



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