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【完結】【書籍化決定】勤労令嬢、街へ行く〜令嬢なのに下働きさせられていた私を養女にしてくれた侯爵様が溺愛してくれるので、国いちばんのレディを目指します〜  作者: 鈴木 桜
第3部-第3章 勤労令嬢と……

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第22話 一粒の涙


 瞬きを一つ。


 気がつくと、周囲から魔法の気配が消えた。



「え?」



 驚いて声を上げたのはジリアンだけではない。正面に向かい合うハワードも、後ろでジリアンを援護していたアレンも、ポカンと口を開いて驚いている。

 その一瞬の間に、ハワードが操っていた骸たちが糸が切れた人形のように崩れた。


 ──グシャッ。


 骸が自重で潰れる音を聞いて、ジリアンはハッとした。


(呆けている場合じゃない!)


 魔法が消えても、魔法騎士(ジリアン)には剣がある。グイッと涙を拭い、立ち上がる。風に乗って消えていったノアを見送りながら、それでも握ったままだった剣の柄を両手で握り直した。


 ──タッ!


 ジリアンが踏み込むのと同時に、ハワードが魔力を練った。だが、その魔力が霧のように消えていく。

 魔法が消えた理由は分からない。だが、今が好機だ。


「ちっ」


 舌打ちしたハワードが剣を抜く。ジリアンの後ろでは、アレンも駆け出したのが気配で分かった。


 ──ギンッ!


 初手は防がれた。だが、ハワードの身体がグラリと傾く。その隙を、ジリアンは見逃さない。


 ──ギンッ、ギンッ!


 2手、3手と連続して斬り込んだ。


 ──ギンッ!!


 4手目、ハワードの剣が宙を舞う。彼を守るものは、何もなくなった。


「……っ!!!!」


 ジリアンは躊躇わなかった。その腹に深々と刃を突き刺す。一瞬遅れて、そこにアレンの剣が追い打ちをかけた。


「ぐぅっ……っ!」


 2本の剣に腹を貫かれたハワードの口から血が溢れ出す。とうとう彼の肉を切り裂いた感触に、ジリアンの背がブルリと震えた。


 ──ズルッ。


 二人が剣を引くと、ハワードの身体が砂浜の上に崩れ落ちた。──雪が、降り始めていた。


「……あっけないな」


 虚ろな瞳で曇天を仰いでいたハワードが、ポツリとこぼした。ジリアンとアレンがその傍らに座り込むと、今度は震える手で懐に手を入れる。思わず身構えたジリアンだったが、彼が取り出したのは何の変哲もない一枚の紙だった。


「渡しておく」


 震える手で差し出された血塗れの紙は、ジリアンではなくアレンがひったくるように受け取った。その様子に、ハワードが苦笑いを浮かべる。


「ただの手紙だ。古い、な」


 ハワードがふぅと息を吐いた。


「ジリアン」


 名を呼ばれて、ジリアンは彼の榛色の瞳を覗き込んだ。彼の四肢は端の方から少しずつ黒いモヤに包まれていく。


(『黒い魔法石(リトゥリートゥス)』と『死者の国』の魔力を使った代償ね)


 このまま、人の形を保つことも出来ずに彼は消えていくだろう。


「……私は自分の生き方に後悔をしていないし、今でもこんな世界は消えてなくなればいいと思っている。悪いことをしたとも思っていない」


 その物言いに、アレンがジロリとハワードを睨みつけた。


「そうね。私も、あなたを許すことなんて出来ないわ」


 その望みのために、あまりにも多くのものを奪っていったのだ、彼は。


「……ならば、なぜ泣いている」


 問われて、ジリアンははじめて自分が泣いていることに気づいた。藍色の瞳にジワリジワリと涙が滲む。


「そんなの、分からないわ」

「……君は馬鹿だ」


 ──ポタッ。


 ついに我慢できずにこぼれ落ちたジリアンの涙が、ハワードの血に濡れた頬に触れた。



 その雫が、キラリと光った。



「え?」


 驚くジリアンを尻目に、涙の雫はキラキラと輝きを増していった。そして一粒の宝石に姿を変えた。


「……『クェンティンの寂しさに思いを()せて、その瞳から一粒の涙が落ちた。そして、その涙は一粒の宝石に姿を変えた』」


 アレンが(そら)んじたのは、あの物語の一節だ。


「『クェンティンの冒険』……?」


 かつてジリアンが真似をして旅に出た、あの物語だ。主人公クェンティンの仲間が彼の生い立ちと、それ故の孤独への恐怖を思い、涙した場面。今まさに、それと同じことが起こったのだ。


「忌々しい。あれも王家が残した神話(実話)の一つだったのか、……ゴホッ」


 ハワードが吐き捨てるように言い、同時に血を吐いた。その四肢はすでに黒いモヤに包まれ、消えかかっている。やがて、真っ青に染まる頬が、榛色の瞳が、淡い金の髪が、闇の向こうに消えた。


「私は、君のそういうところが嫌いだ」


 それが、ハワード・キーツの最期の言葉になった。





 * * *





 共に海を渡ってきた君と離れ離れになって、もう50年になる。

 人族に紛れて生きるために、別々に暮らすことを選んだのは正解だっただろう。だが、寂しいよ。こうして君に届くはずもない手紙を書くのも、これで最後にしようと思う。


 一つだけ秘密にしていることがある。


 君に『仮面(ペルソナ)』の魔法をかけたときに、君の身体に細工をしたんだ。大したことじゃない。君の()()()()に、ほんの小さな仕掛けをした。

 君の瞳にだけは『仮面(ペルソナ)』の魔法が効かないようにしたんだ。私がどんな姿をしていても、君だけには真実の姿が見える。


 なぜ、そうしたのかって?


 この魔法は、時に自分を見失いそうになる。一つ、また一つと仮面をかぶる度に、自分以外の誰かになりすます度に、私は誰だったのかを忘れそうになるんだ。

 だから、だ。君だけは、私の真実の姿を忘れないでいてほしい。


 この小さな仕掛けは、君の瞳に宿った『(いにしえ)の魔法』と共に血によって引き継がれていくだろう。いつか私の子孫と君の子孫が出会った時には、驚くだろうな。それを思うと、腹を抱えて笑い出したい気分だよ。


 ……これで最後にしよう。お別れだ。


 ありがとう、友よ。





 * * *





 血塗れの手紙は、ところどころインクが消えかかっていた。きちんと最後まで読むことができたのは奇跡と呼んでいいだろう。なんといっても、数百年前に書かれたものだ。


「……だから、私にはいつだってハワード・キーツの真実の姿が見えていたのね。(ヴィネの末裔)の瞳に、オセの先祖が残した仕掛けが引き継がれていたから」


 ジリアンがそっと手紙を撫でるのを、アレンが複雑そうな瞳で見つめていた。


「そんな顔しないで。だからといって、彼を許したりしないわ」


 改めて周囲を見回した。そこには、何も残っていない。ジリアンとアレン以外の、何も残っていないのだ。


「だけど、彼をここまで駆り立てたものもまた、憎いと思う」


 言いながら、ジリアンはそっと手紙を懐にしまい込んだ。


「私だけは、覚えていてあげようと思うの。それくらいは、許してよね」


 寂しそうに微笑んだジリアンを、アレンは思わず抱きしめた。雪の中で冷え切っていた身体に、わずかな温もりが灯る。


「俺は嫉妬深いんだ」

「知ってる」

「だけど、それ以上に」


 息を飲み込むようにして言葉を切ったアレン。その金の瞳が、ジリアンを見つめた。


「君のそういうところを愛しいと思ってる」


 ポロリと、再びジリアンの瞳から涙がこぼれた。アレンが思わず彼女の身体を掻き抱けば、途端に細い肩が揺れて嗚咽がこぼれる。


 様々な感情がジリアンの胸を締め付ける。そうして押し出された涙が、アレンの胸を濡らして溶けていった──。







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― 新着の感想 ―
[一言] 根の深い…何とも言い様の無い最期でしたね…
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