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【完結】【書籍化決定】勤労令嬢、街へ行く〜令嬢なのに下働きさせられていた私を養女にしてくれた侯爵様が溺愛してくれるので、国いちばんのレディを目指します〜  作者: 鈴木 桜
第3部-第2章 勤労令嬢と死者の国

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第16話 魔法陣


 静かな部屋で改めてその顔を覗き込むと、本当に眠っているように穏やかで。

 ジリアンは思わず両手をギュッと握りしめた。


「大丈夫か?」


 ジリアンに声をかけたのはアレンだった。オニール氏の亡骸を別室に移動させた後、彼だけがジリアンに付き添っている。彼女が、そうしてほしいと言ったからだ。


「大丈夫よ」

「でも、震えてる」


 アレンは改めてジリアンの隣に腰掛けて、その肩を抱いた。


「うん。……私は、この人のことを何も知らないんだなって」


 震える声に、ジリアンの肩を抱くアレンの手に力がこもる。


「ぜんぜん分からないわ。私たちのために命をかけるなんて。……ねえ、何か知っているの?」


 アレンは何も答えなかった。だが、それが答えだ。


(知っているんだわ)


 オニール氏がジリアンを助けた理由を、アレンは知っている。それを確信したジリアンだったが、彼を問い詰める気にはなれなかった。彼もまた葛藤としているとわかったから。


「……ごめん」

「ううん。いいの」


 首を横に振ってから、ジリアンは立ち上がった。


「自分で聞くわ」

「え?」


 さっと踵を返したジリアンの背を追いかけながら、アレンが尋ねる。


「自分で聞くって、どうやって?」

「彼の魂が『死者の国』に囚われているというなら、救い出すだけよ」

「できるのか?」

「わからないわ。だけど、方法を考えてみる」


 部屋から外に出たジリアンは、暗い室内をもう一度見た。そして、じっくりと時間をかけて丁寧に魔力を練り上げる。すると、ピキピキと小さな音を立てながら、床が、壁が少しずつ凍りついていく。


「このままなんて、絶対に納得できない。私も、彼も」


 最後に、オニール氏の身体が氷に包まれた。魂が戻るまで、その身体を保護するのだ。


「話をしたいわ、ちゃんと」


 しゃんと背筋を伸ばして言い切ったジリアンに、アレンも頷いた。


「手伝うよ」

「ありがとう。でも、これは私の勝手だから」

「いや。俺も、彼がいなかったら帰ってこられなかったかもしれないから」

「ありがとう……。って、そうよ!」


 少数の信頼できる騎士だけが守る静かな廊下を執務室の方へ戻りながら、ジリアンは思わずアレンの方を振り返った。


「あなたこそ、私のために危険なことして……! 戻って来られなかったら、どうするつもりだったの? あなたは、この国の王子なのよ?」


 眉を吊り上げたジリアンに、アレンは嬉しそうに微笑んだ。


「ジリアンが戻ってこなかったら、結果は同じになってたよ」

「え?」


 今度は、ジリアンがアレンを追いかける格好になった。


「ジリアンがいない世界なんて、俺にとっては死んでいるのと同じだ」


 その言葉にジリアンの足がピタリと止まる。次いで、その頬が真っ赤に染まった。


「そ……っ!」


 アレンの後ろ姿をよく見れば、彼の耳も真っ赤に染まっていた。


「そういう、ふ、不意打ちは、よくないわ」

「不意打ちって……」


 振り返ったアレンが気まずそうに頬をかく。その様子を見ていた護衛の騎士たちがそっと視線を逸らすので、さらに居たたまれなくなった。


「それに、大げさよ」

「大げさ?」

「私がいない世界なんて、って……。そんなの」

「大げさなんかじゃない」


 アレンがジリアンに歩み寄って、その顔を覗き込んだ。


「俺には、ジリアンだけなんだ」

「……っ!」


 返す言葉が見つからずに言葉を詰まらせたジリアンに、アレンが微笑みかける。


「こうして会うのは久しぶりなんだけど」

「……うん」

「キスしても?」

「ここで⁉」

「ダメか?」

「それは……」


 この段になると、護衛の騎士たちは全員もれなく2人に背を向けていた。自分たちは何も見ていないと暗に主張するその姿に、ジリアンの唇からため息が漏れる。


「……ちょっとだけよ?」


 わずかに唇を尖らせたジリアンに、アレンが嬉しそうに微笑んで。その細い肩に手を伸ばした。


 ──ガチャッ。


 が、その瞬間に王の執務室の扉が開いて、中から不穏な気配が漂ってきた。


「二人とも、早く戻りなさい」


 マクリーン侯爵だ。


「……はい」


 2人は顔を見合わせて、思わず笑みがこぼれた。ジリアンは、誰にも見られないようにこっそりとアレンの手を握り。アレンもまた、それに応えた。


(アレンと一緒なら、きっと何とかなる)


 ジリアンは、そう確信したのだった。





 * * *





「時間はないが、仕事は山積みだ」


 2人が執務室に戻ると、さらに人が増えていた。王立魔法学院の学友たちだ。どうやらマントイフェル教授に呼び出されて秘密の通路を通って来たらしい。


「まず、4つの騎士団を抑えなければ。市民の暴動の可能性もある。戦闘が起これば人が死ぬ。人が死ねば『死者の国』に『欲望』が集まるという寸法だろう」

「魔大陸でも同じだな。あちらでも炎の巨人(ムスペル)族のように反乱を起こす種族が出てくるだろう」


 教授の説明に、皇帝が難しい表情で付け加えた。


「厳しいな」


 国王も腕を組んで唸った。だが、それを尻目にマントイフェル教授は淡々とした様子で大きな羊皮紙を広げた。そこには、また魔法陣が描かれている。


「それぞれを抑えている間に、『死者の国』から全ての魔力を吸い上げる」


 ジリアンは、はっとしてその魔法陣を改めて見た。その紋様には見覚えがある。


「これは、あのときの……!」


 ジリアンが『黒い魔法石(リトゥリートゥス)』による儀式で魔力の暴走を起こした時、彼女の魔力を全て吸い尽くしたエルフの秘術。その際に、マントイフェル教授の額に浮かんでいたのと、同じ魔法陣だ。


「そうだ。この秘術は、そもそも『死者の国』から全ての魔力を吸い上げて『死者の国』そのものを解放するために見いだされた術だ」

「魔力がなくなれば『死者の国』が消えるのですか?」

「魔力とは、即ち『欲望』と『意思』のことだ」

「吸い上げた後の魔力は、どこに?」

「新たな円環を築き、そこへ解放する」


 次に教授が広げたのは世界地図だった。ルズベリー王国と魔大陸の間の海、その中心に真っ赤なバツ印が記されている。


「魔法陣は、あの時の比ではない規模が必要だ」


 言ってから、教授が地図の上に魔法陣を重ねた。その円の中に、それぞれの大陸の端が重なっている。


「海に線は引けない。今回は天体による魔法陣の構築が必要だ。だが、一つだけ問題がある」

「問題、ですか?」


 尋ねたジリアンの方を、教授が振り返った。その瞳が呆れたように細められている。


「どこかの誰かが月の位置を変えてしまったので、計算が狂った」


 室内の視線が一気にジリアンの方に集まるので、ジリアンは思わずギクリと肩を揺らした。


「それは、その……。すみません」

「我々エルフが数千年かけて築いた計算式を、たった一晩で覆してしまったんだ。責任はとってもらうぞ」

「責任、ですか?」

「ここと、ここ。そして、ここだ」


 教授が王国の海岸線に2つ、そして魔大陸の海岸線に1つの丸印を付け足した。


「この3点だけは星による構築ができない。代わりに、誰かが行ってエルフの魔力を込めた魔法石を設置する必要がある」

「それで、魔法陣が完成する?」

「そうだ」

「いつまでに?」

「明日の夜、0時ちょうどまでに」


 すでに日が沈んでいる。残された時間は、丸一日と数時間だ。


「では、仕事を分担しよう」


 国王の号令で、次々と分担が決まっていった。ジリアンとアレンは、北の地点に向かうことが決まる。


「この魔法の肝はジリアン・マクリーンだ。北の地点に魔法石を置いたら、すぐに海に向かえ」

「わかりました」


 ジリアンは少し考えてから、皇帝の方を振り返ってニコリと微笑んだ。


「皇帝陛下、足の確保をお願いしたいのですが」


 チラリとジリアンが目を向けたのは、執務室の床に描かれた魔法陣。これは、魔法陣を描いた2つの場所の空間を繋いでしまう、皇帝が受け継いだ『古の魔法』だ。


「いいだろう。テオバルト、ひとっ走り行ってワイバーンを連れてこい」

「承知しました」


 テオバルトが魔法陣の向こうに消え、その様子を見ていた皇帝が肩を揺らしてクツクツと笑った。


「皇帝を顎で使うとは、大した娘だ。やはり私の后になれ、ジリアン」


 苦笑いを浮かべたジリアンの隣で、アレンが皇帝を睨みつけた。ついでにジリアンの腰を抱いて引き寄せるので、皇帝がおかしそうにニヤリと笑う。


「おや。アレン王子殿下は心変わりしたのではなかったかな?」

方便(うそ)だったと聞いたでしょう? 彼女は、俺のものです」

「いやいや。とはいえ、婚約は白紙に戻っているのだろう? だったら、私にもチャンスが……」

「ありません!」


 言い合う2人に挟まれて、ジリアンは赤面したまま俯いた。


(からかわれてるって、気づいてよアレン……!)


 周囲の生ぬるい視線を浴びながら、ジリアンは心の中で叫んだのだった。







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