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【完結】【書籍化決定】勤労令嬢、街へ行く〜令嬢なのに下働きさせられていた私を養女にしてくれた侯爵様が溺愛してくれるので、国いちばんのレディを目指します〜  作者: 鈴木 桜
第3部-第2章 勤労令嬢と死者の国

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第15話 最期の願い


 守らなければ、と思った。


 誰にも頼らずに一人で旅に出た小さな女の子は、その夜も一人で眠りにつこうとしていて。その姿を見た瞬間、勝手に足が動いていた。自分の仕事は彼女について必要な情報を集めることであり、彼女を助けることではない。それなのに、放っておけなかった。


『私には、生まれてきた意味がわからないの』


 彼女の震える声に、思わずその肩を抱き寄せて。

 話しながら眠ってしまった彼女を、『守らなければ』と強く思った。


 旅をしながら少しずつ表情を変えていく彼女を見て安心した。少しずつ、だが確実に、彼女は自分が愛されていることを、愛される権利があることを知り始めた。彼女自身に価値があるのだということを、理解し始めていた。


 次いで感じたのは、怒りだった。


 彼女をこんな風にした、()のことが憎いと思った。





 * * *





「どうして、ジリアンを虐待したんだ?」


 アレンの問いかけに、オニール氏は表情を変えることはなかった。暗闇の中で、ただアレンの瞳をじっと見つめて、そして深く息を吐く。


「……ジリアン(あの子)は、決して家の外に出してはならなかったからだ」


 オニール氏がグンッと泳ぐ足を蹴った。2人の視界の下で、少女の姿のジリアンがモヤになって消える。そして、今度はもっと小さな少女の姿が現れた。まだ幼児と呼べるほどの小さな少女が、大きなカバンを手に佇んでいる。


「あれの母親は、私の子を身ごもったことを黙って屋敷から姿を消した。その3年後、親族に連れられて、ジリアンがオニール男爵家の屋敷に来た。母親が死んだので男爵家で引き取れないかと言われて、仰天したよ」


 オニール氏がぎゅっと眉を寄せた。その日のことを思い出しているのだろう。


「そして、すぐに分かった。あの子が『予言の子』だと」

「予言?」

「オニール男爵家に古くから伝わる予言だ。口伝で当主にだけ受け継がれてきた。『ヒトの歴史が終わりを迎える時、その岐路に立つ子がこの家に生まれるだろう』と」


 いつの間にか、オニール氏の手には一通の手紙が握られていた。男爵家の地下で大切に保管されていた、あの手紙だ。『ありがとう、友よ』という一言と、『ヴィネ』の紋章だけが記されていたそれを、アレンも見せてもらった。その静謐(せいひつ)さに、思わず息を呑んだことを覚えている。


「『ヴィネ』と『オセ』は、神の予定から解き放たれた唯一の血族だ」

「どういうことだ?」

「かつて、『欲望』と『意思』とを等しく持った者が現れた。それが『ヴィネ』と『オセ』の先祖だ」


 オニール氏が視線を向けた先には、2人の男が立っていた。


「ヒトというものは『欲望』も『意思』も持っている。だが、多くはどちらか一方が大きいのが普通だ。だから、それを制御する『理性』が必要になった。そうやって、魂のバランスを保とうとした」


 2人の男の胸元にはそれぞれ3つの光が浮かんでいて、それらは全く同じ大きさで輝いている。


「彼らはその2つを等しく持った。そして、『理性』でそれを制御するのではなく、『理性』によってそれらを大きく成長させた。結果、最も完成された魂を得た」


 2人の男が剣を手にとって、巨大な黒い陰に立ち向かっていく。


「ヒトの『欲望』が『死者の国』に送り込まれる度に、ヒトの滅びが近づく。だから、彼らは『欲望』の根源となる戦争を止めようとした」

「魔族の皇帝を倒そうとしたのか」

「そうだ。……だが、勝てなかった」


 男たちは深い傷を負い、そして海を渡る。


「海を渡った『ヴィネ』と『オセ』は、『オセ』の『仮面(ペルソナ)』の魔法を使って、王国の人間に紛れた。この手紙は、2人が交わしたものだろう」


 2人は固い握手を交わして、そして消えた。


「そして彼らは、子孫に全てを託した」


 次に現れたのは少女のジリアンと、金髪に榛色の瞳を持つ少年だった。


「それが、ジリアンとハワード・キーツ」

「そうだ」


 オニール氏が、苦痛に耐えるように再び眉を寄せた。


「……私は、あの子を守りたかった」


 小さなジリアンの隣に、金髪の少女が現れた。彼女がジリアンの手から玩具を奪い取り、その頬を叩く。


「ジリアンに冷たくあたるモニカを見て、良い考えだと思った。あの子を家に縛り付けてしまえば……。何も知らず、どこにも行かなければ。自分を役立たずだと信じて疑わなければ……。苦しむことはないと思った」


 小さなジリアンが背を丸めてうずくまる。


(その考えは、正しかった)


 あのままオニール氏がジリアンの虐待を続けていれば。確かに彼女は、こんな目に合わずに済んだかもしれない。


「だがあの日、マクリーン侯爵が来た。……私よりも、あの子を守るのに相応しい人だ」


 マクリーン侯爵が手を差し出し、そして少女のジリアンがその手をとった。2人が暗闇の向こうに消えていく。その背を見つめるオニール氏の瞳に何かが光るのを、アレンは確かに見た。



 何もかもが消えた。



 暗闇の中、アレンとオニール氏の2人だけになる。


「せめて近くで見守ろうと首都に家を買ったが、そこにハワード・キーツが来た」

「……『欲望』に支配されたんだな、その日から」

「そうだ。何かに操られていると分かっているのに、制御できない。自分の『欲望』を満たすことで頭がいっぱいになったんだ」


 オニール氏が、アレンの手を離した。


「ジリアンには、黙っていてくれ」

「どうして」

「どんな理由があろうと、私があの子にしたことは許されることではないからだ」


 彼は全てを秘密にしたまま、敢えて憎まれ役のままでいようと言うのだ。


「あの子を惑わすな」


 それでも、アレンは首を横に振った。


「ジリアンは愛されていたと知る権利がある」

「愛、か……」


 オニール氏が深く息を吐いた。


「私はただの卑怯者だ。あの子のためと言いながら、結局、何も教えなかった。……あの子の困難に、共に立ち向かう勇気を持てなかった」


 もしもオニール氏がジリアンに虐待などせず、彼女を大切に育てていれば。いずれ来る困難の時のために、彼女にあらゆることを教えていれば。


「……たらればの話は無意味だ。私はジリアンを虐待し、あの子から尊厳を奪った。それが事実だ」


 暗闇の向こうに、再び蒼い光が灯る。だが、今度は様子がおかしい。不穏な空気が、蒼い光を飲み込もうとしているのが分かる。


「時間がないな。『欲望』がジリアンの魂を取り込もうとしている。早く、連れて帰れ」

「あなたは?」

「ここで『欲望』を抑える。私も『ヴィネ』の血を継いでいるんだ。2人が帰るまでの時間を稼ぐくらいはできるだろう」

「そんな……!」


 オニール氏がアレンの背を押した。アレンの身体が、とうとう蒼い光に触れる。


「秘密は守れよ」

「……」


 返事をしないアレンに、オニール氏が苦笑いを浮かべる。そして、軽く手を振った。


「ジリアンを、頼む」

「わかった」


 アレンが確かに返事をしたと同時に、今度は蒼い光に全てが包まれた。





 * * *





 次に目覚めた瞬間、アレンは見慣れた王の執務室にいた。慌てて起き上がれば、同じように起き上がったジリアンと目が合う。だが、その視線は大きな背によって遮られてしまった。


「ジリアン!」


 マクリーン侯爵がジリアンの肩を抱き、その顔を覗き込む。


「身体は?」

「大丈夫です」

「……やはり、行かせるんじゃなかった」

「馬鹿なこと言わないでください。おかげで、私は真実を知りました」


 力強い言葉に、侯爵が頷く。

 その頃になって、アレンは一つの違和感に気づいた。


「……あ」


 アレンの隣には、穏やかな表情でオニール氏が横たわっていた。だが。


「息を、してない」


 アレンの小さな声に、真っ先に反応したのはジリアンだった。


「そんな!」


 ジリアンが転がるようにしてオニール氏に駆け寄り、その胸に耳を寄せた。心臓が動いていないのは一目瞭然だ。


「……何があった?」

「彼が、『欲望』を抑えて俺たちが帰る時間を稼ぐと……」


 マントイフェル教授の問いにアレンが答えると、ジリアンが目を見開いた。オニール氏が自分のためにそんなことをするとは思わなかったのだろう。


「『死者の国』に、魂を囚われてしまったのだな。……彼は、もう帰ってこない」


 マントイフェル教授の言葉に、ジリアンの表情が歪む。


「どうして……」


 アレンは口を噤んだ。それが、彼の最期の願いだから。







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― 新着の感想 ―
[一言] 最後カッコいいじゃん!オニール父さん!
[気になる点] 難しいな~ だまったままの優しさ(涙)
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