第11話 ある后の手記
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ソロモン暦2372年 増水期 第1月 21日
筆不精の父から手紙が届いた。珍しい。内容も不可思議だった。
「宮殿の図書館で『死者の国』についてよく調べて、資料をまとめるように」
とは……。
父の意図はさっぱり分からないが、とりあえず言われた通りにする。
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増水期 第2月 9日
この大陸には、最初に二人のヒトが産み落とされた。
その二人から生まれてきた子どもたちは、大地の精霊と強く結びつき、その性質を引き継いでいった。そして、子どもたちの内の何人かは、新天地を求めて海を渡って東へ旅立っていった。
最初の二人の寿命が近づいてきたので、子どもたちは両親の魂の棲家を準備した。彼らが安らかに休めるようにと、海の底に国を築いたのだ。
それが、『死者の国』。
……こんなものは、子どもでも知っている神話の一節だ。
これをわざわざ調べてまとめろだなんて、父はどういうつもりなのだろうか?
父の意図を知るためには、もう少し詳しく調べる必要がありそうだ。
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増水期 第2月 14日
『死者の国』について調べ始めて、いくつか分かったことがある。
あれは、神話などではない。
同じ神話に登場する『黒い魔法石』が実在したのだ。『死者の国』も実在すると考えるのが自然だろう。
文献によれば、こうだ。
魔族も人族も、死ぬと魂と肉体とに分裂する。さらに魂は『理性』『意思』、そして『欲望』に分かれて、それぞれの場所へと旅立っていく。
『死者の国』とは、この『欲望』を溜め込んでフタをするための場所なのだという。
『理性』はこの大地に残って『黒い魔法石』に姿を変え、『意思』は真理と円環を司る場所へ溶けていく。
……まさか、『死者の国』の件は『黒い魔法石』の事件と関わりがあるのだろうか?
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増水期 第3月 29日
人族の国から、客人が来ることが決まったらしい。
あの魔法騎士、マクリーンの娘なのだとか。忌々しいことだ。あの男さえいなければ、今も戦争が続いていたはずなのに。そうすれば、私だって戦場で炎とともに生きることができた。かつての父と同じように。
……いや、馬鹿な考えは捨てよう。
今の暮らしに不満があるわけじゃない。皇帝陛下に愛されて、こうして心安らかに生きている。
皇帝陛下が目指した理想そのものだ。
陛下の后の一人として、その理想を守るお手伝いをするのだ。
客人はウィステリア宮にお迎えしなければならないが、なにせ古い宮だ。急いで手入れをしなければ。明日には、他の后と相談して修繕の計画を立てよう。
調度品も新しいものを入れなければならないし、人族の口にできる食べ物を準備する必要もある。……忙しくなりそうだ。
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増水期 第4月 10日
久しぶりに『死者の国』について調べることができた。
今日読んだ文献には、こうあった。
「『死者の国』でフタをされた欲望は減ることも萎むこともなく、永遠に存在し続ける。いつか、フタが壊れて溢れる時が来るだろう。その日、魔族も人族も、多くの『代償』を支払うことになる」
この『代償』とは、なんだろうか?
何か、恐ろしいことが起こるような気がする。
このことは、そろそろ皇帝陛下に報告しなければならない。しかし、いつまで経っても父の意図が分からない。
さて、どうしたものか。
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播種期 第1月 2日
父が皇帝陛下を裏切った。
理由は分からない。けれど、『死者の国』について調べろと言ったことと、関係があるはずだ。
そして、ついさっき、妙な書状を受け取った。
「父親の裏切りの真相を教えてやろう。今夜0時ちょうど、北の城門で」
馬鹿馬鹿しくて笑いが止まらないな。
父が皇帝陛下を裏切ることなど、あるはずがない。父は誰かにはめられたのだろう。そして、その誰かが今度は私を呼び出して何かをしようとしている。私を殺すつもりか……? いや、私は皇帝陛下の后の一人だ。殺すよりも利用することを考えるだろう。
……いいだろう。その誘いに、乗ってやる。
貴様の策など、この誇り高き炎の巨人族のオルギットが見破ってくれようぞ!
もしもの時に備えて、この日記も燃やさなければ。
『死者の国』についての資料は、既にウィステリア宮の客人の寝室に隠してある。きっと、彼女にこそ必要な情報なのだと思う。
……ジリアン・マクリーン。
早くあなたに会いたい。私たちはきっと、良い友人になれるだろう。
第1章 完 To be continued...
第3部 勤労令嬢、世界を救う - 第1章 勤労令嬢と婚約破棄
これにて完結です!
次話からは、第2章 勤労令嬢と死者の国 が始まります!
面白いなあと思っていただけましたら、ブックマーク、評価、いいね、感想など、よろしくお願いします!
また、異世界恋愛の新作
「泣き虫令嬢の良縁(略」
連載はじめました。
こちらも併せて、よろしくお願いします!
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