第27話 ある学生の手記
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シェリンガム暦1851年9月1日
今日は王立魔法学院の入学式だった。午前中の序列決めでは、いつも通りの実力が発揮できてよかった。第六席なら、父上も納得だろう。
しかし、第一席に指名されたジリアン・マクリーン嬢の魔法は素晴らしかった!
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9月2日
授業初日の今日。さっそく行われた『魔法戦術実習』の授業、楽しかった! その一言に尽きる! チェンバース教授は素晴らしい先生だ、間違いない!
ジリアン・マクリーン嬢の魔法はすごい。天候まで操られてしまっては、炎魔法では歯が立たないな。結局、全員が氷で足止めされている間に『的』を割られてしまった。さすが、英雄クリフォード・マクリーン侯爵のご令嬢だ!
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9月6日
今日は『魔法移動学』の授業があった。風魔法で身体や物を浮かす以外にも、こんなに色々な方法があるなんて!
それにしても、今日は運が良かった。ジリアン・マクリーン嬢の隣の席に座ることができたので、彼女からいろいろ教えてもらうことが出来た。もともとの才能もあるんだろうが、その知識量といったら……。
とはいえ、彼女の護衛騎士の視線の鋭いこと……。殺されるかと思った。
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9月14日
また、ジリアン・マクリーン嬢が人助けをしている現場を目撃した。これで何度目だろうか。今日は食堂で紅茶をこぼしてしまった職員に声をかけ、その制服を綺麗にしていた。ついでに床もピカピカに掃除していた。
……あの職員は、平民だ。僕らとは、住む世界の違う人間だ。それなのに。
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9月15日
今日は外部からの来客があって、ジリアン・マクリーン嬢と一緒に接待の担当になった。
……感心した。
彼女は、一回りも年上の貴族男性と堂々と渡り合っていたのだ。卒なく会話をこなし、社交界的な冗談まで理解していた。魔法に関する専門的な質問にも、経済的、政治的な質問にも、きちんと答えていた。
淑やかで、けれど堂々としていて。貴族然としたその姿に、見惚れた。
ぼやっと彼女のことを見ていたら、護衛騎士に睨まれた。まずいまずい。殺される。
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9月19日
休日。今日はイライアスと一緒に街にでかけた。そこで、またしてもジリアン・マクリーン嬢が人を助けていた。
道で転んで貴族の馬車の足を止めてしまった薄汚れた少年。彼を助け起こし、怪我を治し、汚れを落とし。一緒に馬車の持ち主に謝っていた。そこまでされたら、馬車の持ち主だって何も言えない。
最終的には、少年と手をつないでどこかへ行ってしまった。
彼女はどうして、あんな風に笑っていたのだろうか。
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9月23日
今日の『魔法戦術実習』は、リブー医師の都合が悪いということで実践はなし。代わりに、互いに得意な魔法を教え合うことになった。
ジリアン・マクリーン嬢は、平民出身の生徒たちに根気強く攻撃魔法を教えていた。楽しそうだった。
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9月27日
食堂で、ジリアン・マクリーン嬢と相席になった。相変わらず、アレン・モナハンとつるんでいるらしいが、今日は一人だった。(もちろん、近くに護衛騎士がいるわけだが)
そこで、気になっていたことをきいてみた。「どうして平民に優しくするんですか?」だ。ジリアン嬢は、心底わからないといった様子で首を傾げていた。「私、優しくしていましたか?」ときた。食堂で職員を助けたことや街で子供を助けた件を伝えると、今度も首を傾げた。
「あなたは、そうしないの?」
まいった。
彼女は俺達とは全く違う。器の大きさが違うんだ。名門侯爵家の後継者であり、英雄の娘。だけど、そうじゃない。彼女の本質の前では、そんなものはオマケに過ぎない。
ああ、どうやったら彼女と友達になれるんだろうか。心底、アレン・モナハンのことが羨ましいと思った。
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9月30日
妙な噂が耳に入ってきた。
「ジリアン・マクリーン嬢が、学院の男をとっかえひっかえして遊び呆けているらしい」と。とんでもない話だ。ただの噂話にしたって、これは酷い。
噂をしていた生徒たちを諌めようとしたが、これはイライアスに止められた。
曰く、「こういう噂は誰かが否定すればするほど過激になる。特に、今回は男子生徒が否定するのは悪手中の悪手だ」だと。
……その通りだ。
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10月7日
今日も、例の噂が耳に入ってきた。堂々と噂していたんだ、食堂で! ジリアン嬢本人も食堂にいるというのに!
午後の授業の前にジリアン嬢に声をかけたが、挨拶だけで行ってしまった。チェンバース教授に呼ばれていたらしいが、適当な言い訳だ。俺は、避けられている。放課後、イライアスや他の男子生徒にその話をすると、みんな同じ状況らしいとわかった。おかしな噂に巻き込まないために、男子生徒を遠ざけているのは明らかだ。
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10月10日
今日は休日。数人の男子生徒で、イライアスの屋敷に集まった。このまま指をくわえて見ているわけにはいかない。
誰かが言った。「これって、貴族派の手が回ってるんじゃないか?」と。確かにその通りだ。いずれにしても、早々に解決しなければ。
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10月14日
ダイアナ・チェンバース嬢が仲間に加わった。ありがたい。彼女は相当頭が切れる。基本的には彼女の方針で進めていけばいいだろう。急がなければ。
……今日も、ジリアン嬢は一人だった。食堂で一人食事をしながら、少し寂しそうに見えたのは、見間違いじゃないはずだ。
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10月19日
もう少し時間がかかりそうだ。他の学年の生徒への根回しが、思いの外たいへんだ。ダイアナ嬢に言わせれば、「これで他学年ともパイプができて、一石二鳥ね」だ。
……まあ、これが彼女の照れ隠しだということはわかっている。彼女が寝る間も惜しんで一番必死に動いているということは、仲間内では暗黙の了解だ。それを指摘しないのも、貴族令息の嗜みというものだろう。
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10月22日
ジリアン嬢は、どうしてあんなにも辛抱強いのだろうか。いっそ異常だ。これだけ悪意のある噂話に晒されているというのに。いつも通りに登校して、いつも通りに勉強して、いつも通りに他人に親切だ。
辛くないのだろうか。怒りは湧かないのだろうか。そんなはずはない。それなのに。どうして、辛いと言わないのだろうか。悲しいと言わないのだろうか。授業なんか休んでしまえばいい。適当なことを言うなと怒ればいい。そうしてくれれば、俺たちだって安心できるのに……。
どうして、自分を大事にしてくれないのだろうか。
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10月31日
ようやく、全ての準備が整った。新聞社への連絡もよし。教職員への根回しもよし。
アレン・モナハンが王室に伝手があるらしいので、そっちにも根回しをしてくれたらしい。あいつ、何者なんだ?
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11月2日
ついに、明日は決闘だ。
予想通り、噂を流した根本の人物は名乗り出なかった。引き伸ばしても、特定することは難しいだろう。ただし、今日までに全ての女子生徒がジリアン嬢に謝罪の手紙を送ったということは聞こえてきた。
ならば、予定通り明日で手打ちにするべきだろう。
被害者であるジリアン嬢と戦うのは、いささかおかしな感じもするが。 いや。当然のことだ。俺たちは怒っているんだ。ジリアン・マクリーン嬢に対して。
明日の決闘で、少しでも俺たちの気持ちが伝わることを願う。
それから、彼女と友達になれるといいな……。
第2章 完 To be continued...
第2章 勤労令嬢の学院生活 これにて完結です!
次話から物語はクライマックスへ!
明日からも毎日更新でお届けします。どうぞ、お楽しみください!!
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