第26話 あなたのことが大好きだから
決闘は、僅差でジリアンが勝った。
5人が綿密な連携で攻めてくるものだから、かなり手こずりはしたが。特にマーク・リッジウェイの新しい魔法を駆使した戦闘補助には舌を巻いた。
最終的には、ジリアンの広範囲風魔法『嵐』で5人全員が戦闘不能になった。
「悔しい!」
治療を受けながら、ダイアナ・チェンバース嬢が叫んだ。
「ごめんなさい」
すぐ近くにいたジリアンが思わず謝ると、ダイアナ嬢がジリアンを睨みあげた。
「謝らないでよ! 勝ったくせに!」
その様子に、チェンバース教授がため息を吐いている。
「ダイアナ。これで決闘はしまいじゃ。禍根は残さない。それがルールじゃぞ?」
「分かってるわよ。でも、この人が、こんな平気な顔してるから!」
ダイアナ嬢が、目尻に涙を溜めている。
「こんな言いがかりみたいな決闘を挑まれたのに、怒りもしない! そのくせ、私達よりもぜんぜん強いなんて! 最悪よ! 最低よ!」
「ダイアナ。……その言い方は、よろしくない」
「でもでも、おじいさま!」
「素直に言えばよかろう?」
そう言われて、ダイアナ嬢が黙り込んだ。
「ダイアナ嬢?」
ジリアンがその顔を覗き込むと、頬が赤いことがわかった。
「もういいわ」
「え?」
「あなたがそういう人だってことは、よぉく分かりました」
再び、ダイアナ嬢に睨みつけられる。
「代わりに怒るわよ。これからも」
「代わりに?」
「あなたが怒らないなら、私達が代わりに怒ってやるって言ってるの!」
「……どうして?」
「もう! 友達だからでしょ!」
その言葉に、思わずジリアンの頬にも熱が集まった。
「だからお願いよ。あなたは、もう少しでいいから自分を大事にして」
これには他の4人も頷いた。
アレンと同じように、彼らもジリアンを『友』と呼んでくれる。
彼らは、ジリアンの代わりに怒ってくれたのだ。
「少しは、わかったか?」
チェンバース教授の問いに、ジリアンは躊躇いながらも頷いた。
けれど、ジリアンにはわからなかった。どうして、彼らはジリアンのことを『友』と呼んでくれるのだろうか。
この日以降、ジリアンは学院内ではダイアナ嬢と行動をともにすることが増えた。それにつられて、他の女子生徒とも自然と付き合えるようになっていったので、彼女には感謝の念が絶えない。
「ダイアナ嬢は、どうして私のためにあそこまでしてくれたんですか?」
休日。マクリーン侯爵邸に友人たちを招いてお茶会を開いた時のことだ。
ジリアンは、思い切って聞いてみた。ずっと疑問だったのだ。
「友達だからって言ったでしょ?」
「でも、あの決闘よりも前は……」
「まあ、たしかに。会えば話す程度の仲でしたわね」
「それじゃあ、どうして?」
「あなた、忘れたの?」
「え?」
「入学式の後すぐ、私が教室の移動先が分からなくてオタオタしていたら、あなたが助けてくれたじゃない」
「そうでしたっけ?」
「汚れた制服を魔法で綺麗にしてくれたこともあったし、昼食が苦手なものばかりで食べられなくてお腹が空いてたところに、パンをくれたこともあったわ」
(言われてみれば、そんなこともあったわね)
しかし、言われなければわざわざ思い出すようなことでもない。ジリアンにとって、困っている人を助けることは当たり前のことだからだ。
「もっと前にも。私の母が流行病にかかったとき、花を贈ってくれたでしょ?」
「あ、そういえば」
「……お母様はチェンバース公爵の後妻よ。子供は私だけ。私の上には、前妻の子である兄が三人。お母様に花を贈ってくれる人なんか、他にはいなかったの」
「そうなんですね」
「それに、結局その流行病の治療薬を開発したのは、あなただったわ」
ダイアナ嬢が、ジリアンを見つめた。
「私のほうこそ謝らなければいけなかったわね。本当は、もっと早くに言うべきだったんだわ」
澄んだアイスブルーの瞳と、輝くプラチナブロンド。ともすれば冷たいという印象を与えかねない容姿のダイアナ嬢だが、実は情に厚い人だということをジリアンは知っている。
「私と、お友達になってくださる?」
「はい。もちろん」
ジリアンがニコリと笑うと、同じようにダイアナ嬢も笑った。
「それにしても。あなたの無自覚はすごいわね」
「無自覚、ですか?」
「どれだけの人が、あなたに助けられたと思って?」
「そんな大したことはしていませんよ」
「あなた、やっぱり馬鹿よ」
「え」
「男子どもも可哀想ね。こうも無自覚だと、どんな口説き文句も効果なさそう」
これには、他の令嬢たちもクスクスと笑った。
「口説き文句って、そんなの……」
「ほら」
今度は、コロコロと笑い声が上がる。
「アレン・モナハンなんか、見ていていっそ哀れよ?」
その名前に、ジリアンの心臓がどきりと跳ねた。
「あら。真っ赤になっちゃって。もしかして、何かあったの?」
ダイアナ嬢が前のめりにジリアンに問いかけた。
「何も! 何もないわよ!」
「嘘ね。白状なさい」
「言えません」
「ということは、何かあったのは本当ね?」
「ひぇ!」
「そんな可愛らしい声を出しても、見逃しませんよ? ねえ、みなさん?」
「ええ」
「何があったんですか?」
「教えて下さい!」
他の令嬢たちも前のめりで尋ねてくるので、ジリアンはたじたじだ。
しかし、さすがに『深夜に訪ねてきたアレンにキスされました』とは口が裂けても言えない。
「か、勘弁してくださいぃ……」
ジリアンが蚊の鳴くような声で言えば、再び令嬢たちの笑い声があふれた。
「仕方がありませんね。けれど、約束してくださいね?」
「約束?」
「もしも誰かがあなたを泣かせるようなことがあれば……」
ダイアナ嬢のアイスブルーの瞳が、ギラリと光った。
「必ず教えて下さいね? 私が殴って斬って殺して差し上げますから」
やはり、あの祖父にしてこの孫である。
「みんな、あなたのことが大好きなんですから」
最後に照れくさそうに付け足された言葉に、ジリアンは胸が温かくなるのを感じた。
(あの時と同じだわ。アレンが、私のことを友達だと言ってくれた、あの時と……)
さて。
件のアレン・モナハンと話ができたのは、それからさらに数日後のことだった。アレンは家業の手伝いが忙しいと言って、学院を休みがちになっていた。
季節は冬。数日後に、拝謁の儀を控えた、ある夕暮れ時のことだった。
授業を終えてジリアンが帰宅すると、なぜかアレンがいたのだ。
(今日も休んでたのに)
その手には、巻物。
封印している印章は、王室の紋章。つまり、国王からの勅旨だ。
「ジリアン・マクリーン嬢」
「は、はい」
呼ばれて、思わず背筋が伸びた。
「国王陛下からの勅命です」
ジリアンが頭を下げると、アレンが巻物を開いた。
「ジリアン・マクリーンはアレン・モナハンとともに、オニール男爵の魔大陸との交易に関する陰謀を暴き、その証拠を手に入れること。このことは貴族派に気取られずに、隠密に行動すべし。以上です」
「……謹んで拝命いたします」
返事をしたジリアンだったが、内心は疑問だらけだった。
(どうして私が? しかもアレンと一緒に? そもそも、どうしてアレンが勅旨を?)
「よろしくな、ジリアン」
疑問だらけのジリアンに対して、アレンはにこやかに言った。
その後ろで、マクリーン侯爵がドス黒い気配を背負って彼を睨みつけていることには、気づいているのかいないのか。
(気づかないほうが彼のためね)
などと、ジリアンは詮無いことを思ったのだった。




